ストロング小林の4度目の海外遠征は、王座奪還をかけた戦いでした。昭和52(1977)年2月2日、大阪府立体育館でタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組にNWA認定北米タッグ王座を奪われたストロング小林と坂口征二は、その至宝を取り戻すべくバージニア州ノーフォークへと乗り込みます。惜しくも王座奪還はならなかったものの、その翌日にはロサンゼルスに移動してさらに1試合を戦い抜きました。
続く小林の5度目の海外遠征は翌年の4月4日にペンシルベニア州フィラデルフィアでの異種格闘技戦から幕を開けます。約2ヶ月間にわたるWWWF遠征を敢行したのち、最後はロサンゼルスで1試合を行い、遠征を締めくくりました。
昭和52(1977)年:ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング(MACW)
王座奪還の舞台となったのは、小林にとっても坂口にとっても初参戦となるミッドアトランティック地区でした。ここはジム・クロケット・ジュニアが統括するテリトリーです。この戦いは、6月17日にテレビ朝日の「ワールド・プロレスリング」でも放映されました。二人はタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組に挑んだものの、惜しくも王座奪還には至りませんでした。
昭和52(1977)年6月9日(木曜日)
米国/バージニア州ノーフォーク/ノーフォーク・スコープ
□NWA認定北米タッグ選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジミー・ハート
タイガー・ジェット・シン&上田馬之助(1-0)坂口征二&ストロング小林
◎シン(12分31秒、反則勝ち)坂口
※第7代王者チームのT・J・シン&上田馬之助が2度目の防衛に成功する。
昭和52(1977)年:NWAハリウッド(ロサンゼルス地区)
しかし、その帰路に立ち寄ったロサンゼルスで、ロディ・パイパー、キース・フランクス(のちのアドリアン・アドニス)組と対戦して見事に勝利を収めています。なお、パイパーとフランクスのコンビは、その後7月22日にアーマンド・ゲレロ、トム・ジョーンズ組を破り、NWA認定アメリカスタッグ王座を獲得しています。
昭和52(1977)年6月10日(金曜日)
米国/カリフォルニア州ロサンゼルス/オリンピック・オーデトリアム
□タッグマッチ
坂口征二&ストロング小林(勝ち)ロディ・パイパー&キース・フランクス
昭和53(1978)年:ワールド・ワイド・レスリング・フェデレーション(WWWF)
5度目の海外遠征は、WWWFテリトリーのひとつであるペンシルベニア州フィラデルフィアでの異種格闘技戦から始まりました。4月4日、アントニオ猪木、坂口征二、ストロング小林の3選手が、それぞれザ・モンスターマン(エベレット・エディ)、ザ・ランバージャック(ジョニー・リー)、バッファロー・アレンと異種格闘技戦で対戦。この試合は、5月3日にテレビ朝日の「水曜スペシャル・格闘技世界一決定戦」で放映されています。
WWWF遠征中、小林はかつて日本で「銀髪鬼」と恐れられたフレッド・ブラッシーを悪徳マネージャーに迎え、悪役(ヒール)として暴れ回りました。この布陣のもと、小林はWWWF認定ヘビー級王者ボブ・バックランドに2度挑戦。さらにディノ・ブラボー、ドミニック・デヌーチ組の保持するWWWF認定世界タッグ王座にも3度挑戦しました。そのうち2度はゴールデン・テラー、残る1度はルーク・グラハムをパートナーに迎えています(G・テラーの正体はピート・ドハティ説が有力です)。
わずか2ヶ月という短い遠征期間ながら、小林は多くのトップレスラーと対戦しました。対戦相手にはバックランド、ブラボー、デヌーチのほか、アンドレ・ザ・ジャイアント、ゴリラ・モンスーン、ミル・マスカラス、ヘイスタック・カルホーン、ピーター・メイビア、イワン・プトスキー、ラリー・ズビスコ、S・D・ジョーンズなどの強豪が名を連ねています。
昭和53(1978)年4月4日(水曜日)
米国/ペンシルバニア州フィラデルフィア/フィラデルフィア・アリーナ
□異種格闘技戦(60分1本勝負)
ストロング小林(12分58秒、カナダ式背骨折り)バッファロー・アレン
※B・アレンはのちのバッド・ニューズ・アレン。
同日/同所
□シングルマッチ
ストロング小林(5分1秒、フォール勝ち)フランク・ウィリアムズ
同日/同所
□シングルマッチ
ストロング小林(3分29秒、フォール勝ち)ホセ・エストラーダ
昭和53(1978)年4月5日(木曜日)
米国/ペンシルバニア州ハンバーグ/ハンバーグ・フィールド・ハウス
□シングルマッチ
ストロング小林(0分53秒、フォール勝ち)フランク・ロドリゲス
同日/同所
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)マイク・マデロ
昭和53(1978)年4月8日(日曜日)
米国/メリーランド州ボルチモア/ボルチモア・シビック・センター
□シングルマッチ
ピーター・メイビア(9分23秒、勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年4月9日(月曜日)
米国/コネチカット州ニューロンドン/オーシャン・ビーチ・オーデトリアム
□シングルマッチ
ディノ・ブラボー(13分17秒、フォール勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年4月11日(水曜日)
米国/メーン州オーガスタ/オーガスタ・シビック・センター
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)テッド・アダムス
昭和53(1978)年4月12日(木曜日)
米国/マサチューセッツ州ローウェル/オーウェル・メモリアル・オーデトリアム
□シングルマッチ
ラリー・ズビスコ(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年4月13日(金曜日)
米国/バーモント州スプリングフィールド/リバーサイド・ジュニア・ハイスクール・ジムナジアム
□シングルマッチ
ストロング小林(結果不明)ジョン・ツィナス
昭和53(1978)年4月14日(土曜日)
米国/ニューヨーク州ユニオンデール/ナッソー・ベテランズ・メモリアル・コロシアム
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ムース・モンロー
昭和53(1978)年4月15日(日曜日)
米国/ニューヨーク州ビンガントン/ブルーム・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□シングルマッチ
ストロング小林(結果不明)フランク・ウィリアムズ
昭和53(1978)年4月16日(月曜日)
米国/コネチカット州ニューヘブン/ニューヘブン・コロシアム
□バトルロイヤル
[参加選手] ストロング小林、アンドレ・ザ・ジャイアント、ヘイスタック・カルホーン
スパイロス・アリオン、ピーター・メイビア、スタン・スタージャック
ディノ・ブラボー、ルーク・グラハム、ドミニック・デヌーチ
ブッチャー・バション、S・D・ジョーンズ、ラリー・ズビスコ
ゴールデン・テラー、ジョニー・ロッズ、カルロス・ホセ・エストラーダ
フランク・ウィリアムズほか
[結 果] ◎A・ザ・ジャイアントが優勝する。
同日/同所
□シングルマッチ
アンドレ・ザ・ジャイアント(7分32秒、勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年4月17日(火曜日)
米国/ニューヨーク州ニューヨークシティ/ブルックリン区コニーアイランド/
エイブ・スターク・スケーティング・アンド・スポーツ・センター
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)フランク・ウィリアムズ
昭和53(1978)年4月19日(木曜日)
米国/ニューハンプシャー州コンコード/ダグラス・N・エベレット・アリーナ
□シングルマッチ
ディノ・ブラボー(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年4月21日(土曜日)
米国/マサチューセッツ州ノースアトルボロ/ウィッチズ・スポーツ・アリーナ
□シングルマッチ
ストロング小林(結果不明)ピート・オースチン
昭和53(1978)年4月22日(日曜日)
米国/ペンシルバニア州フィラデルフィア/ザ・スペクトラム
□シングルマッチ
イワン・プトスキー(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年4月24日(火曜日)
米国/ニューヨーク州ニューヨークシティ/マジソン・スクウェア・ガーデン
□シングルマッチ
ストロング小林(5分7秒、フォール勝ち)スティーブ・キング
昭和53(1978)年4月25日(水曜日)
米国/ペンシルバニア州フィラデルフィア/フィラデルフィア・アリーナ
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ピート・オースチン
同日/同所
□6人タッグマッチ、レフェリー:ディック・ウォーリー
ヘイスタック・カルホーン&ミル・マスカラス&ラリー・ズビスコ
(1-0)ストロング小林&タンク・パットン&ゴールデン・テラー
◎マスカラス(8分31秒、体固め)パットン
同日/同所
□WWWF認定世界タッグ選手権試合
ディノ・ブラボー&ドミニック・デヌーチ(勝ち)ストロング小林&ゴールデン・テラー
※第17代王者チームのD・ブラボー&D・デヌーチが王座防衛に成功する。
昭和53(1978)年4月26日(木曜日)
米国/ペンシルバニア州ハンバーグ/ハンバーグ・フィールド・ハウス
□6人タッグマッチ
ヘイスタック・カルホーン&ピーター・メイビア&ラリー・ズビスコ
(1-0)ストロング小林&ブッチャー・バション&フランク・モンロー
◎カルホーン(3分28秒、フォール勝ち)モンロー
※F・モンローはムース・モンローのこと。
同日/同所
□シングルマッチ
ストロング小林(時間切れ)ピーター・メイビア
昭和53(1978)年4月29日(日曜日)
米国/メリーランド州ランドーバー/キャピタル・センター
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)スティーブ・キング
昭和53(1978)年5月1日(火曜日)
米国/マサチューセッツ州ボストン/ボストン・ガーデン
□WWWF認定世界タッグ選手権試合
ディノ・ブラボー&ドミニック・デヌーチ(勝ち)ストロング小林&ルーク・グラハム
※第17代王者チームのD・ブラボー&D・デヌーチが王座防衛に成功する。
昭和53(1978)年5月2日(水曜日)
米国/メーン州ポートランド/ポートランド・シビック・センター
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(反則勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月3日(木曜日)
米国/メーン州バンガー/バンガー・オーデトリアム
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(反則勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月4日(金曜日)
米国/ニューハンプシャー州ラコニア/ラコニア・ミドルスクール・ジムナジアム
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)シルバーノ・サウサ
昭和53(1978)年5月5日(土曜日)
米国/マサチューセッツ州ノースアトルボロ/ウィッチズ・スポーツ・アリーナ
□ハンディキャップマッチ
ヘイスタック・カルホーン(勝ち)ストロング小林&ゴールデン・テラー
昭和53(1978)年5月6日(日曜日)
米国/メリーランド州ボルチモア/ボルチモア・シビック・センター
□シングルマッチ
ラリー・ズビスコ(8分57秒、勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月7日(月曜日)
米国/オハイオ州スチューベンビル/セントジョン・アリーナ
□6人タッグマッチ
ヘイスタック・カルホーン&イワン・プトスキー&ラリー・ズビスコ
(勝ち)ストロング小林&スタン・スタージャック&ジョージ・スティール
昭和53(1978)年5月8日(火曜日)
米国/ペンシルバニア州ワシントン/ワシントン・シニア・ハイスクール
□シングルマッチ
ドミニック・デヌーチ(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月9日(水曜日)
米国/ペンシルバニア州スクラントン/カソリック・ユース・センター
□シングルマッチ
ラリー・ズビスコ(反則勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月10日(木曜日)
米国/ニューハンプシャー州マンチェスター/ジョン・F・ケネディ・メモリアル・コロシアム
□5000ドル争奪バトルロイヤル(14人参加)
[参加選手] ストロング小林、スーパースター・ビリー・グラハム、ヘイスタック・カルホーン
スパイロス・アリオン、ピーター・メイビア、ディノ・ブラボー
スタン・スタージャック、ドミニック・デヌーチ、タンク・パットン
ルーク・グラハム、ブッチャー・バション、ラリー・ズビスコ、ジョン・ツィナスほか1名
[結 果] ◎S・スタージャックが優勝する。
同日/同所
□シングルマッチ
ストロング小林(時間切れ)ジョン・ツィナス
昭和53(1978)年5月11日(金曜日)
米国/マサチューセッツ州ウースター/ウースター・メモリアル・オーデトリアム
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(反則勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月12日(土曜日)
米国/ニューヨーク州アルバニー/ワシントン・アベニュー・アーモリー
□シングルマッチ
ラリー・ズビスコ(フォール勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月13日(日曜日)
米国/ニューヨーク州ホワイトプレインズ/ウェスチェスター・カウンティ・センター
□シングルマッチ
ディノ・ブラボー(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月14日(月曜日)
米国/コネチカット州ニューヘブン/ニューヘビン・コロシアム
□シングルマッチ
ラリー・ズビスコ(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月15日(火曜日)
米国/ニュージャージー州ハイランドパーク/ハイランドパーク・ハイスクール・ジムナジアム
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)テッド・アダムス
昭和53(1978)年5月16日(水曜日)
米国/ペンシルバニア州フィラデルフィア/フィラデルフィア・アリーナ
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ジム・レイ
同日/同所
□WWWF認定ヘビー級選手権試合
ボブ・バックランド(5分43秒、フォール勝ち)ストロング小林
※第8代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和53(1978)年5月17日(木曜日)
米国/ペンシルバニア州ハンバーグ/ハンバーグ・フィールド・ハウス
□WWWF認定世界タッグ選手権試合
ディノ・ブラボー&ドミニック・デヌーチ(勝ち)ストロング小林&ゴールデン・テラー
※第17代王者チームのD・ブラボー&D・デヌーチが王座防衛に成功する。
同日/同所
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ピート・オースチン
同日/同所
□WWWF認定ヘビー級選手権試合(時間無制限1本勝負)、レフェリー:ディック・ウォーリー
ボブ・バックランド(12分56秒、体固め)ストロング小林
※第8代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和53(1978)年5月18日(金曜日)
米国/メリーランド州プリンスフレデリック/会場名不明
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)テッド・アダムス
昭和53(1978)年5月19日(土曜日)
米国/マサチューセッツ州ピッツフィールド/ボーイズ・クラブ
□シングルマッチ
ストロング小林(結果不明)ゴリラ・モンスーン
昭和53(1978)年5月20日(日曜日)
米国/ペンシルバニア州フィラデルフィア/ザ・スペクトラム
□シングルマッチ
ディノ・ブラボー(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月22日(火曜日)
米国/ニューヨーク州ニューヨーク/マジソン・スクウェア・ガーデン
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(8分55秒、フォール勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月23日(水曜日)
米国/メーン州ポートランド/ポートランド・エクスポジション・ビルディング
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ジョン・ツィナス
昭和53(1978)年5月24日(木曜日)
米国/メーン州ウォータービル/メーン・ナショナル・ガード・アーモリー
□シングルマッチ
ジョン・ツィナス(反則勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月25日(金曜日)
米国/ニューヨーク州グレンズフォールズ/グレンズフォールズ・シビック・センター
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)シルバーノ・サウサ
昭和53(1978)年5月26日(土曜日)
米国/ニューヨーク州アルバニー/ワシントン・アベニュー・アーモリー
□シングルマッチ
ストロング小林(12分0秒、フォール勝ち)マーク・テンダー
昭和53(1978)年5月27日(日曜日)
米国/マサチューセッツ州スプリングフィールド/スプリングフィールド・シビック・センター
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年5月30日(水曜日)
米国/ペンシルバニア州スクラントン/カソリック・ユース・センター
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ムース・モンロー
昭和53(1978)年5月31日(木曜日)
米国/ニューハンプシャー州マンチェスター/ジョン・F・ケネディ・メモリアル・コロシアム
□シングルマッチ
ピート・オースチン(反則勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年6月1日(金曜日)
米国/マサチューセッツ州ウェブスター/ウェブスター・タウン・ホール
□シングルマッチ
ストロング小林(勝ち)ジョン・ツィナス
昭和53(1978)年6月2日(土曜日)
米国/ニューヨーク州グローバーズビル/ニューヨーク・ステート・アーモリー
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(フォール勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年6月3日(日曜日)
米国/メリーランド州ランドーバー/キャピタル・センター
□シングルマッチ
S・D・ジョーンズ(フォール勝ち)ストロング小林
昭和53(1978)年:NWAハリウッド(ロサンゼルス地区)
昭和53(1978)年6月7日(水曜日)
米国/カリフォルニア州ロサンゼルス/オリンピック・オーデトリアム
□シングルマッチ
ストロング小林(結果不明)プロフェッサー・イトウ
※P・イトウは上田馬之助のこと。
WWWF遠征を終えたストロング小林は、ロサンゼルスで上田馬之助を相手にシングルマッチ(ワンマッチ)を1試合行い帰国。その後、6月23日に開幕するサマー・ファイト・シリーズに参戦しました。