ボブ・バックランドとスタン・ハンセンは、ともに昭和48(1973)年にデビューした同期生です。2人が初めて相まみえたのは、若き日の修業時代を過ごしたアメリカのテキサス州アマリロ地区でした。昭和49(1974)年5月22日、テキサス州ルボックの地で初対戦を迎えたとき、バックランドはすでにNWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者の座に就いており、ハンセンを一歩リードする存在でした。
その後、2人は日本に新天地を求めます。バックランドはデビュー翌年である昭和49(1974)年の7月、全日本プロレスの「サマー・アクション・シリーズ」へいち早く初来日を果たしました。一方のハンセンも、翌昭和50(1975)年の「ジャイアント・シリーズ」で初見参を飾り、それぞれが日本の熱いプロレスファンの前で頭角を現していきます。
アメリカと日本でそれぞれ実力を蓄えた2人は、昭和55(1980)年、今度は新日本プロレスのリングで再び激突することになります。テキサスでの初対戦から7年という月日が流れ、両者は名実ともに世界のトップレスラーへと成長を遂げていました。日本で行われたこの注目の対決では、当時WWFヘビー級王者であったバックランドに対し、ハンセンが猛烈な攻勢を仕掛けます。結果としてバックランドはすべて反則勝ちという形で、辛うじてハンセンを退ける結果となりました。
因縁の対決はさらに過熱し、翌昭和56(1981)年には舞台を本場ニューヨーク地区(WWF)へと移します。そこでは年間10回ものシングルマッチが組まれ、そのすべてが最高峰の「WWFヘビー級選手権試合」という豪華なものでした。大歓声が渦巻くニューヨークでの至高の連戦は、王者のバックランドが5勝(1反則勝ちを含む)1敗3分け(1結果不明)という意地とプライドがぶつかり合う戦績を残し、2人のライバル物語に新たな伝説を刻み込みました。
[昭和49(1974)年]
NWAウェスタン・ステーツ・スポーツ
昭和49(1974)年5月22日(水曜日)
米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□シングルマッチ
ボブ・バックランド(勝ち)スタン・ハンセン
※B・バックランドはNWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者。
[昭和55(1980)年]
第4回MSGシリーズ(新日本プロレス)
昭和55(1980)年6月4日(水曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□WWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
ボブ・バックランド(14分44秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
ファン感謝スーパー・ファイト(新日本プロレス)
昭和55(1980)年9月30日(火曜日)、東京都千代田区/日本武道館
□WWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
ボブ・バックランド(16分1秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
第1回MSGタッグ・リーグ戦(新日本プロレス)
昭和55(1980)年12月9日(火曜日)、福岡県福岡市/九電記念体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
ボブ・バックランド(11分55秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
※B・バックランドはWWF認定ヘビー級王者。
[昭和56(1981)年]
ワールド・レスリング・フェデレーション(WWF)
昭和56(1981)年2月16日(月曜日)
米国/ニューヨーク州ニューヨークシティ/マジソン・スクウェア・ガーデン
□WWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジャック・ロッツ
ボブ・バックランド(18分22秒、両者レフェリーストップ)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年3月7日(土曜日)
米国/メリーランド州ボルチモア/ボルチモア・シビック・センター
□WWF認定ヘビー級選手権試合、レフェリー:マリオ・サボルディ
ボブ・バックランド(両者反則)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年3月8日(日曜日)
米国/コネチカット州トリントン/トリントン・ハイスクール
□WWF認定ヘビー級選手権試合
ボブ・バックランド(両者反則)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年3月10日(火曜日)
米国/メイン州オーガスタ/オーガスタ・シビック・センター
□WWF認定ヘビー級選手権試合
ボブ・バックランド(カウントアウト)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年3月11日(水曜日)
米国/コネチカット州リッジフィールド/リッジフィールド・ハイスクール・ジムナジアム
□WWF認定ヘビー級選手権試合
ボブ・バックランド(結果不明)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年3月16日(月曜日)
米国/ニューヨーク州ニューヨークシティ/マジソン・スクウェア・ガーデン
□WWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジョン・スタンリー
スタン・ハンセン(12分2秒、リングアウト)ボブ・バックランド
※第10代王者B・バックランドがルールにより王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年3月28日(土曜日)
米国/マサチューセッツ州スプリングフィールド/スプリングフィールド・シビック・センター
□WWF認定ヘビー級選手権試合
ボブ・バックランド(フォール勝ち)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。「カウントアウト」と記載されている資料もある。
昭和56(1981)年4月6日(月曜日)
米国/ニューヨーク州ニューヨークシティ/マジソン・スクウェア・ガーデン
□WWF認定ヘビー級選手権試合/スチールケージマッチ(時間無制限1本勝負)
ボブ・バックランド(8分59秒、場外脱出)スタン・ハンセン
ゲートキーパー:ジャック・ロッツ
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年4月25日(土曜日)
米国/メリーランド州ボルチモア/ボルチモア・シビック・センター
□WWF認定ヘビー級選手権試合、レフェリー:ゴリラ・モンスーン
ボブ・バックランド(13分47秒、カウントアウト)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
昭和56(1981)年5月2日(土曜日)
米国/マサチューセッツ州ボストン/ボストン・ガーデン
□WWF認定ヘビー級選手権試合
ボブ・バックランド(20分3秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
※第10代王者B・バックランドが王座防衛に成功する。
両者は通算14回にわたり拳を交え、対戦成績はバックランドの9勝1敗3分け(1結果不明)という記録が残されています。しかし、2人の本当の実力差はこの数字通りというわけではありません。試合内容を見れば、むしろほぼ互角の伯仲した関係であったと言えます。
そんな2人のライバル物語は、昭和57(1982)年に突如として大きな転換期を迎えます。ハンセンが全日本プロレスへと電撃的に引き抜かれたのです。その後、ハンセンは平成12(2000)年まで全日本のマットに上がり続け、主戦場を異にした2人の日本での接点は完全に断たれることとなりました。
さらに米国でも2人のスケジュールはすれ違ってしまい、昭和56(1981)年5月2日にボストン・ガーデンで行われた一戦が、結果として両者の生涯最後の対戦となりました。