栄光のミズーリヘビー級選手権:現役王者が日本のリングに遺した足跡

 NWA認定ミズーリヘビー級王座は、かつて「NWA認定世界ヘビー級王者への登竜門」と称されるほど高い価値を誇った伝説的なタイトルです。その歴史自体は古くから存在しますが、日本のプロレスファンにとって特に馴染み深いのは、昭和47(1972)年9月に「NWAセントルイス・レスリング・クラブ」の手によって復活を遂げたミズーリ王座ではないでしょうか。当時NWA会長を務めていたサム・マソニックが再興したこの王座を最初に獲得したのは、のちに通算7回も同王座に就くことになるハーリー・レイスでした。

 以来、17人(のべ31人)の強豪たちがこのベルトを腰に巻きましたが、その中からジン・キニスキー、ドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイス、ジャック・ブリスコ、テリー・ファンク、リック・フレアー、ケリー・フォン・エリックの7人が最高峰であるNWA世界王者へと登り詰めています。なお、NWA世界王者になる「前」にこのミズーリ王座を獲得し、文字通り登竜門として活かしたのは、H・レイス、T・ファンク、ケリー・V・エリックの3選手のみです。

 さらに、この17人の中にはNWA以外の世界王座を手にした名レスラーたちも名を連ねています。G・キニスキーとディック・ザ・ブルーザーはAWA世界王座とWWA[インディアナポリス版]世界王座を、H・レイスはWWA[インディアナポリス版]世界王座を、ボブ・バックランドとリック・フレアーはWWF世界王座を、ケビン・V・エリックとケリー・V・エリックはWCWA世界王座を、そしてD・F・ジュニアはCWA世界王座を獲得しました。つまり、歴代王者17人中10人までもが、いずれかの団体が認定する世界王者となった実力者たちなのです。

 本ページでは、このそうそうたる歴代王者のうち、「現役のNWA認定ミズーリヘビー級王者」として来日を果たしたレスラーたちにスポットを当て、彼らが日本のリングで繰り広げた激闘の戦績を詳しく振り返ってみたいと思います。

第5代王者:ハーリー・レイス

 ジン・キニスキーを破って第5代ミズーリヘビー級王者となったH・レイスは、昭和49(1974)年1月に開催された全日本プロレスの「新春NWAチャンピオン・シリーズ」に参戦するため日本の地を踏みました。

 このシリーズは、日本のプロレス史においても伝説として語り継がれる歴史的なツアーとなります。なぜなら、現NWA世界王者であるジャック・ブリスコ、そして前NWA世界王者であるドリー・ファンク・ジュニアという、アメリカマット界の頂点に君臨する3大巨頭が同時に来日を果たしたからです。前年5月にブリスコに世界王座を奪われたレイスにとって、この来日はミズーリのベルトを引っ提げた「リベンジの旅」でもありました。

 レイスは、ブリスコ、ドリーの両雄とそれぞれシングルマッチで激突するという、息をのむような過酷な連戦に挑みます。さらに、当時の全日本プロレスの2大看板であったジャイアント馬場、ザ・デストロイヤーとも最高峰の闘いを繰り広げ、その圧倒的な実力とタフネスを日本のファンに強烈に印象付けました。「美しき不敵な王者」ブリスコとのNWA世界王座を賭けた意地のぶつかり合い、馬場の持つPWF王座への執念の挑戦、そして郡山で実現したドリーとの至高のレスリング合戦など、まさに毎試合がメインイベントと呼ぶにふさわしい極上のドキュメンタリーでした。

 昭和49(1974)年1月22日(火曜日)、熊本県熊本市/熊本市体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ハーリー・レイス&ジャック・ブリスコ(2-1)ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー
   ①レイス(13分13秒、体固め)馬場
   ②馬場(3分40秒、体固め)ブリスコ
   ③ブリスコ(5分34秒、体固め)デストロイヤー

 昭和49(1974)年1月23日(水曜日)、長崎県長崎市/長崎国際体育館
□タッグマッチ(45分3本勝負)
  ハーリー・レイス&ドリー・ファンク・ジュニア(2-1)ザ・デストロイヤー&ジャンボ鶴田
   ①レイス(11分59秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(2分32秒、体固め)レイス
   ③ファンク(3分34秒、体固め)鶴田

 昭和49(1974)年1月24日(木曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□NWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分3本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャック・ブリスコ(1-1)ハーリー・レイス
   ①レイス(23分55秒、体固め)ブリスコ
   ②ブリスコ(8分56秒、足4の字固め)レイス
   ③ブリスコ(時間切れ)レイス
   ※第12代王者J・ブリスコが王座防衛に成功する。H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和49(1974)年1月26日(土曜日)、和歌山県和歌山市/和歌山県立体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
  ハーリー・レイス(1-1)ザ・デストロイヤー
   ①レイス(27分15秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(11分35秒、足4の字固め)レイス
   ③レイス(時間切れ)デストロイヤー
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、ザ・デストロイヤーはPWF認定ユナイテッドステーツヘビー級王者。

 昭和49(1974)年1月27日(日曜日)、大阪府大阪市/大阪市立東淀川体育館
□PWF認定ヘビー級選手権試合(61分3本勝負)
  ジャイアント馬場(2-1)ハーリー・レイス
   ①レイス(12分48秒、体固め)馬場
   ②馬場(4分39秒、体固め)レイス
   ③馬場(7分50秒、体固め)レイス
   ※初代王者G馬場が11度目の防衛に成功する。H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和49(1974)年1月28日(月曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ジャイアント馬場&サンダー杉山(1-0)ハーリー・レイス&ジム・デュラン
   ◎杉山(16分9秒、体固め)デュラン

 昭和49(1974)年1月29日(火曜日)、福島県郡山市/郡山総合体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:ジェリー・マードック
  ハーリー・レイス(1-1)ドリー・ファンク・ジュニア
   ①レイス(27分1秒、片エビ固め)ファンク
   ②ファンク(8分38秒、回転足首固め)レイス
   ③レイス(時間切れ)ファンク
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和49(1974)年1月30日(水曜日)、東京都墨田区/日本大学講堂
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス(時間切れ)ザ・デストロイヤー
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、ザ・デストロイヤーはPWF認定ユナイテッドステーツヘビー級王者。

第6代王者:ドリー・ファンク・ジュニア

 ドリー・ファンク・ジュニアは、昭和49(1974)年1月の全日本プロレス「新春NWAチャンピオン・シリーズ」に、当時のミズーリ王者であったハーリー・レイスと同時に来日していました。しかし、そのツアー中にドリーがミズーリ王座へ挑戦する機会は訪れませんでした。ところが、アメリカ帰国からわずか4か月後、セントルイスの総本山キール・オーデトリアムにてレイスを激闘の末に破り、見事に第6代ミズーリヘビー級王座を戴冠したのです。

 新王者となったドリーは、同年8月の「サマー・アクション・シリーズ第2弾」へ待望の特別参加を果たします。このシリーズでドリーは、若き天才・ジャンボ鶴田との4度目の一騎打ちに臨むこととなりました。のちに「テキサス・ブロンコ」として日本のファンを熱狂させる実弟テリー・ファンクとともに、全日本プロレスの看板外国人として一時代を築くドリーですが、この時は現役のミズーリ王者という最高峰のステータスを引っ提げての参戦でした。

 シリーズ最終戦の後楽園ホールで実現したジャンボ鶴田とのシングルマッチは、ノンタイトル戦ながらも、ドリーの代名詞であるスピニング・トーホールドをはじめとする正統派テキサス・レスリングの神髄が遺憾なく発揮された名勝負となります。若き鶴田の猛追を百戦錬磨のテクニックで退け、王者の威厳を日本のファンに深く刻み込んだ激闘の全戦績は以下の通りです。

 昭和49(1974)年8月19日(月曜日)、北海道深川市/深川市花園公園
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ドリー・ファンク・ジュニア&ジョニー・ウィーバー
   ①馬場組(13分14秒、両軍リングアウト)ファンク組
   ②鶴田(5分31秒、エビ固め)ウィーバー

 昭和49(1974)年8月20日(火曜日)、北海道網走市/網走市中央公園
□6人タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー&サンダー杉山
  (2-1)ドリー・ファンク・ジュニア&キラー・カール・コックス&バロン・シクルナ
   ①シクルナ(9分41秒、体固め)杉山
   ②馬場組(8分24秒、反則勝ち)ファンク組
   ③杉山(4分15秒、体固め)シクルナ

 昭和49(1974)年8月22日(木曜日)、北海道中標津町/中標津体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ドリー・ファンク・ジュニア(19分55秒、体固め)高千穂明久
   ※D・F・ジュニアはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和49(1974)年8月23日(金曜日)、北海道帯広市/帯広市総合体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ドリー・ファンク・ジュニア&ジョニー・ウィーバー
   ①馬場(12分47秒、体固め)ウィーバー
   ②ウィーバー(3分37秒、片エビ固め)鶴田
   ③鶴田(4分33秒、エビ固め)ウィーバー

 昭和49(1974)年8月24日(土曜日)、北海道小樽市/小樽市総合体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&高千穂明久(2-1)ドリー・ファンク・ジュニア&ディック・スレーター
   ①ファンク(11分51秒、体固め)馬場
   ②馬場(3分30秒、体固め)ファンク
   ③高千穂(2分5秒、首固め)スレーター

 昭和49(1974)年8月27日(火曜日)、千葉県野田市/野田市総合公園野球場
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(2-1)ドリー・ファンク・ジュニア&ロバート・ブルース
   ①ファンク(17分44秒、エビ固め)デストロイヤー
   ②馬場(4分33秒、片エビ固め)ファンク
   ③デストロイヤー(3分48秒、足4の字固め)ブルース

 昭和49(1974)年8月28日(水曜日)、栃木県宇都宮市/栃木県体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ドリー・ファンク・ジュニア&キラー・カール・コックス
   ①鶴田(10分2秒、体固め)ファンク
   ②ファンク(5分7秒、体固め)馬場
   ③鶴田(4分24秒、片エビ固め)コックス

 昭和49(1974)年8月29日(木曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ドリー・ファンク・ジュニア(2-1)ジャンボ鶴田
   ①ファンク(16分31秒、体固め)鶴田
   ②鶴田(3分51秒、体固め)ファンク
   ③ファンク(9分22秒、体固め)鶴田
   ※D・F・ジュニアはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

第7代王者:ハーリー・レイス

 昭和50(1975)年2月21日、総本山キール・オーデトリアムにて不倶戴天のライバルであるドリー・ファンク・ジュニアを破り、通算3度目のミズーリヘビー級王座へと返り咲いたハーリー・レイス。彼はこの年の暮れ、全日本プロレスが国内外のトップスターを集めて開催した歴史的大型イベント「オープン選手権大会」に、現役王者として堂々たる参戦を果たしました。

 この大会は、まさに昭和プロレスの黄金期を象徴する奇跡の祭典でした。レイスはミズーリ王者のプライドを胸に、日本のファンのみならず世界のプロレスファンが震えるような驚愕のカードに次々と挑むことになります。のちに全米のマット界でドル箱カード(ゴールデンカード)として一世を風靡する「アメリカン・ドリーム」ダスティ・ローデスとの一騎打ちをはじめ、前王者ドリーとの至高のテクニック合戦、さらには「黒い呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャーと繰り広げた、文字通り血で血を洗う壮絶な肉弾戦など、超大物外国人同士による夢の対決が日本のリングで次々と現実のものとなりました。

 日本の大看板であるジャイアント馬場や大木金太郎をも震撼させ、一戦一戦が伝説として刻まれたレイスの「オープン選手権」における激闘の全戦績は以下の通りです

 昭和50(1975)年12月6日(土曜日)、東京都足立区/足立体育館
□オープン選手権試合(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス(10分41秒、体固め)ダスティ・ローデス
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年12月7日(日曜日)、埼玉県川越市/川越市市民体育館
□オープン選手権試合(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス(時間切れ)ドリー・ファンク・ジュニア
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年12月8日(月曜日)、広島県呉市/呉市体育館
□オープン選手権試合(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス(9分46秒、両者リングアウト)大木金太郎
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、大木金太郎はNWA認定オールアジアヘビー級&NWA認定インターナショナルヘビー級王者。

 昭和50(1975)年12月9日(火曜日)、福岡県福岡市/九電記念体育館
□オープン選手権試合(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス(時間切れ)ジャイアント馬場
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、G馬場はPWF認定ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年12月10日(水曜日)、岐阜県岐阜市/岐阜市民センター
□オープン選手権試合(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス(15分33秒、両者リングアウト)アブドーラ・ザ・ブッチャー
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

第12代王者:ディック・マードック

 昭和53(1978)年2月、のちに「ミリオンダラー・マン」として世界を震撼させるテッド・デビアスを激闘の末に破り、第12代ミズーリヘビー級王座を戴冠した「テキサスの狂犬」D・マードック。彼は同年4月、全日本プロレスの「エキサイト・シリーズ」へ現役王者として待望の来日を果たしました。

 マードックといえば、陽気でコミカルなパフォーマンスで観客を味方につける一方で、ひとたびスイッチが入れば手がつけられないほど荒々しいラフファイトを展開する、唯一無二のキャラクターで愛された名レスラーです。しかしその本質は、天才的なレスリングセンスと底知れないスタミナを兼ね備えた、アメリカマット界屈指の実力者でした。このツアー中、マードックは現役ミズーリ王者のプライドを胸に、全日本の若きエースとして絶対的な地位を築きつつあったジャンボ鶴田や、無類のタフネスを誇る白覆面の魔王ザ・デストロイヤーらと連日のように好勝負を展開。地方興行のタッグマッチから後楽園ホールのシングル戦にいたるまで、十八番のカーフ・ブランディング(牛殺し)や強烈な一撃を武器に、日本のリングを激しく揺るがせました。

 ときに激しく、ときに老獪なテクニックでファンを魅了した、マードックの「エキサイト・シリーズ」における激闘の全戦績は以下の通りです。

 昭和53(1978)年4月21日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ/ノンタイトルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ディック・マードック(16分5秒、体固め)ロッキー羽田
   ※D・マードックはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和53(1978)年4月22日(土曜日)、茨城県石下町/石下町民体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-0)ディック・マードック&キム・ドク
   ①馬場組(12分29秒、反則勝ち)マードック組
   ②鶴田(5分30秒、体固め)キム

 昭和53(1978)年4月24日(月曜日)、新潟県燕市/燕市民体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&ジノ・ヘルナンデス
   ①デストロイヤー(11分58秒、体固め)ヘルナンデス
   ②マードック(1分22秒、体固め)デストロイヤー
   ③馬場(5分10秒、片エビ固め)ヘルナンデス

 昭和53(1978)年4月25日(火曜日)、新潟県津川町/津川町体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ディック・マードック(20分59秒、両者リングアウト)ザ・デストロイヤー
   ※D・マードックはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、ザ・デストロイヤーはPWF認定ユナイテッドステーツヘビー級王者。

 昭和53(1978)年4月26日(水曜日)、秋田県仁賀保町/仁賀保町町民体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ディック・マードック(19分2秒、両者リングアウト)ジャンボ鶴田
   ※D・マードックはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、J鶴田はPWF認定ユナイテッドナショナルヘビー級王者。

 昭和53(1978)年4月27日(木曜日)、青森県野辺地町/野辺地町立体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ディック・マードック&キム・ドク(1-0)ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー
   ◎ドク(19分4秒、反則勝ち)デストロイヤー

 昭和53(1978)年4月28日(金曜日)、青森県南部町/南部町民体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ディック・マードック&キム・ドク
   ①馬場組(16分5秒、両軍リングアウト)マードック組
   ②鶴田(5分10秒、体固め)キム

 昭和53(1978)年4月29日(土曜日、祝日)、宮城県築館町/栗原地域広域行政事務組合消防本部築館消防署横広場
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&キム・ドク
   ①マードック(9分35秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(3分18秒、体固め)キム
   ③馬場組(4分2秒、反則勝ち)マードック組

 昭和53(1978)年4月30日(日曜日)、宮城県大河原町/旧大河原ボウル駐車場
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ディック・マードック(12分45秒、体固め)ロッキー羽田
   ※D・マードックはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和53(1978)年5月1日(月曜日)、茨城県高萩市/高萩市民体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ディック・マードック&キム・ドク
   ①馬場組(16分46秒、両軍リングアウト)マードック組
   ②鶴田(8分23秒、体固め)キム

 昭和53(1978)年5月3日(水曜日、祝日)、兵庫県山崎町・須賀沢大谷口広場
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&キム・ドク
   ①マードック(16分54秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(2分14秒、エビ固め)マードック
   ③馬場(5分26秒、片エビ固め)キム

 昭和53(1978)年5月4日(木曜日)、佐賀県鹿島市/鹿島市民体育館
□6人タッグマッチ(60分3本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&ザ・デストロイヤー
  (2-1)ディック・マードック&パット・オコーナー&ネルソン・ロイヤル
   ①デストロイヤー(17分7秒、首固め)オコーナー
   ②オコーナー(7分47秒、体固め)デストロイヤー
   ③鶴田(4分15秒、片エビ固め)ロイヤル

 昭和53(1978)年5月5日(金曜日、祝日)、大分県中津市/中津城公園
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-0)ディック・マードック&キム・ドク
   ①馬場組(12分5秒、反則勝ち)マードック組
   ②鶴田(3分28秒、体固め)キム

 昭和53(1978)年5月6日(土曜日)、佐賀県鳥栖市/鳥栖市民体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)、レフェリー:和田京平
  ディック・マードック(時間切れ)ザ・デストロイヤー
   ※D・マードックはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、ザ・デストロイヤーはPWF認定ユナイテッドステーツヘビー級王者。

 昭和53(1978)年5月7日(日曜日)、大分県湯布院町/湯布院町立体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャンボ鶴田&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&パット・オコーナー
   ①マードック(14分18秒、体固め)鶴田
   ②鶴田(1分0秒、首固め)マードック
   ③デストロイヤー(7分25秒、回転エビ固め)オコーナー

 昭和53(1978)年5月8日(月曜日)、宮崎県高千穂町/高千穂町中央体育館
□6人タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&大熊元司
  (2-1)ディック・マードック&パット・オコーナー&ブルドック・ドン・ケント
   ①オコーナー(14分6秒、体固め)大熊
   ②鶴田(4分44秒、体固め)オコーナー
   ③大熊(5分22秒、体固め)ケント

 昭和53(1978)年5月11日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ディック・マードック&パット・オコーナー(1-0)ザ・デストロイヤー&ロッキー羽田
   ◎マードック(21分26秒、体固め)羽田

第14代王者:ディック・マードック

 第12代王者として日本のリングを沸かせたディック・マードックは、帰国からわずか2か月後の7月14日、大ベテランの強豪ディック・ザ・ブルーザーにキール・オーデトリアムで敗れ、一度はミズーリのベルトを手放すことになります。しかし、持ち前の不屈の闘志で翌年3月中旬にブルーザーを撃破し、見事に王座を奪還。再び「現役ミズーリヘビー級王者」という最高の勲章を腰に巻き、全日本プロレスの「NWAチャンピオン・シリーズ」へ凱旋来日を果たしました。

 このシリーズでマードックは、前回以上の圧倒的な存在感を示します。開幕戦の後楽園ホールでは、全日本の若きエース・ジャンボ鶴田とのシングル再戦が組まれ、意地とテクニックが真っ向からぶつかり合う30分時間切れの魂のドロー劇を展開。さらに、このシリーズには当時のNWA世界王者であるハーリー・レイスも特別参加しており、千葉公園体育館にてマードックがレイスの持つ世界最高峰のベルトに挑む、スリリングなNWA世界ヘビー級選手権試合が実現しました。現役のミズーリ王者でもあるマードックが世界王者に肉薄したこの一戦は、超一流同士の見事な攻防となり、当時のプロレスファンを大いに熱狂させました。

 タッグ戦やバトルロイヤルでも無類のタフさと勝負強さを見せつけ、シリーズを完全にマードック色に染め上げた激闘の全戦績は以下の通りです。

 昭和54(1979)年4月20日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ディック・マードック(時間切れ)ジャンボ鶴田
   ※D・マードックはNWA認定ミズーリヘビー級王者で、J鶴田はPWF認定ユナイテッドナショナルヘビー級王者。

 昭和54(1979)年4月21日(土曜日)、千葉県東金市/東金青果地方卸売市場
□タッグマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ディック・マードック&ラリー・レーン
   ①マードック(12分47秒、体固め)鶴田
   ②鶴田(4分5秒、逆さ押さえ込み)マードック
   ③馬場(3分49秒、体固め)レーン
   ※G馬場&J鶴田はPWF認定インターナショナルタッグ王者チーム。

 昭和54(1979)年4月22日(日曜日)、埼玉県幸手市/地方卸売市場・幸手青果市場
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&マッドドック・マーチン
   ①マードック(12分50秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(3分21秒、エビ固め)マードック
   ③馬場(5分48秒、体固め)マーチン

 昭和54(1979)年4月23日(月曜日)、神奈川県南足柄市/みのや食品総合工場かまぼこ広場
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ディック・マードック&マッドドック・マーチン(1-0)ザ・デストロイヤー&石川隆士
   ◎マードック(19分59秒、体固め)石川

 昭和54(1979)年4月25日(水曜日)、神奈川県大和市/車体工業体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ディック・マードック&マッドドック・マーチン(1-0)ジャイアント馬場&ロッキー羽田
   ◎マードック(17分28秒、体固め)羽田

 昭和54(1979)年4月27日(金曜日)、埼玉県本庄市/本庄市民体育館
□タッグマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(2-1)ディック・マードック&マイク・シャープ・ジュニア
   ①マードック(15分30秒、片エビ固め)馬場
   ②馬場(4分25秒、体固め)マードック
   ③鶴田(4分13秒、前方回転エビ固め)シャープ
   ※G馬場&J鶴田はPWF認定インターナショナルタッグ王者チーム。

 昭和54(1979)年4月28日(土曜日)、埼玉県毛呂山町/毛呂山町公民館横広場
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&マッドドック・マーチン
   ①マードック(13分18秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(2分3秒、首固め)マードック
   ③馬場(4分11秒、体固め)マーチン

 昭和54(1979)年4月29日(日曜日、祝日)、茨城県水海道市/水海道青果地方卸売市場
□6人タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&ザ・デストロイヤー
  (2-1)ディック・マードック&ジン・キニスキー&マイク・シャープ・ジュニア
   ①シャープ(11分12秒、体固め)鶴田
   ②鶴田(3分48秒、体固め)シャープ
   ③馬場(4分19秒、エビ固め)キニスキー

 昭和54(1979)年5月2日(水曜日)、長崎県長崎市/長崎国際体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)レフェリー:ジョー樋口
  ディック・マードック&マッドドック・マーチン(1-0)ロッキー羽田&石川隆士
   ◎マードック(22分36秒、体固め)石川

 昭和54(1979)年5月3日(木曜日、祝日)、長崎県大瀬戸町/大瀬戸ショッピングセンター屋上
□6人タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&ザ・デストロイヤー
  (2-1)ディック・マードック&ジン・キニスキー&マッドドック・マーチン
   ①マードック(16分32秒、体固め)鶴田
   ②鶴田(3分30秒、回転エビ固め)マードック
   ③デストロイヤー(4分10秒、足4の字固め)マーチン

 昭和54(1979)年5月4日(金曜日)、熊本県本渡市/本渡市民センター体育館
□タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャンボ鶴田&ザ・デストロイヤー(2-1)ディック・マードック&マイク・シャープ・ジュニア
   ①マードック(17分44秒、体固め)デストロイヤー
   ②デストロイヤー(4分57秒、エビ固め)マードック
   ③鶴田(3分15秒、体固め)シャープ

 昭和54(1979)年5月5日(土曜日、祝日)、熊本県牛深市/牛深町漁業協同組合牛深地方卸売市場魚市場裏広場(魚市場埋立広場)
□6人タッグマッチ(60分3本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&ロッキー羽田
  (2-1)ディック・マードック&ジン・キニスキー&マッドドック・マーチン
   ①マーチン(14分40秒、体固め)羽田
   ②馬場組(5分59秒、リングアウト)キニスキー組
   ③羽田(2分15秒、体固め)マーチン

 昭和54(1979)年5月7日(月曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□タッグマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:和田京平
  ジャイアント馬場&ザ・デストロイヤー(1-0)ディック・マードック&マッドドック・マーチン
   ◎デストロイヤー(20分13秒、片エビ固め)マーチン

 昭和54(1979)年5月8日(火曜日)、千葉県千葉市/千葉公園体育館
□NWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分3本勝負)
  ハーリー・レイス(1-1)ディック・マードック
   ①マードック(14分45秒、体固め)レイス
   ②レイス(20分45秒、片エビ固め)マードック
   ③レイス(時間切れ)マードック
   ※第16代王者H・レイスが王座防衛に成功する。D・マードックはNWA認定ミズーリヘビー級王者。

 昭和54(1979)年5月9日(水曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□タッグマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:和田京平
  ジャンボ鶴田&ロッキー羽田(1-0)ディック・マードック&ラリー・レーン
   ◎鶴田(10分52秒、片エビ固め)レーン

 昭和54(1979)年5月10日(木曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ジャンボ鶴田&石川隆士(1-0)ディック・マードック&ラリー・レーン
   ◎鶴田(21分47秒、体固め)レーン

 同日/同所
□東京スポーツ杯争奪ヘビー級バトルロイヤル(13人参加)
 [参加選手] ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、ザ・デストロイヤー、グレート小鹿、大熊元司、石川隆士、ロッキー羽田、ハーリー・レイス、ディック・マードック、マイク・シャープ・ジュニア、マッドドック・マーチン、ラリー・レーン、ミグエル・ペレス
 [結  果] D・マードック(14分24秒、体固め)R羽田
         ※D・マードックが優勝し、東京スポーツ杯を獲得する。

第18代王者:ケン・パテラ

 これまで全日本プロレスの独壇場であったミズーリヘビー級王者の来日史において、初めて新日本プロレスのリングに現役王者が登場するという歴史的事件が起こりました。その男こそ、ミュンヘン五輪の重量挙げアメリカ代表という驚異的な経歴を持ち、圧倒的な怪力を誇った「オリンピック・ストロングマン」ケン・パテラです。

 パテラは昭和55(1980)年9月30日、日本武道館で開催されたワンマッチ興行「ファン感謝スーパー・ファイト」という大舞台に突如として登場。新日本の絶対的エースであるアントニオ猪木が保持するNWF認定ヘビー級王座への挑戦という、これ以上ない極上のシチュエーションが用意されました。世界最高峰のパワーを誇る現役ミズーリ王者パテラに対し、猪木は己の持つプロレスの技術と闘魂のすべてをぶつけて対抗。武道館を埋め尽くした大観衆が固唾をのんで見守る中、最後は猪木の伝家の宝刀である「卍固め」がパテラの巨体を捕らえ、惜しくも王座奪取とはなりませんでした。しかし、新日本のファンの前で繰り広げた強烈なパワーファイトは、ミズーリ王者の名に恥じない強烈なインパクトを残しました。

 新日本プロレスの歴史にその名を刻んだ、パテラの一夜限りの伝説の戦績は以下の通りです。

 昭和55(1980)年9月30日(火曜日)、東京都千代田区/日本武道館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
  アントニオ猪木(14分53秒、卍固め)ケン・パテラ
   ※第18代王者A猪木が5度目の防衛に成功する。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級&UWA認定世界ヘビー級王座は賭けられていない。K・パテラはNWAミズーリヘビー級王者。

第23代王者:ハーリー・レイス

 昭和57(1982)年9月17日、ハーリー・レイスはまたしても因縁のライバルであるディック・ザ・ブルーザーを破り、通算4度目となるミズーリヘビー級王座への返り咲きを果たしました。当代随一の実力者であるレイスは、現役王者として全日本プロレスの「’82ジャイアント・シリーズ」へ特別参加します。

 この時のレイスは、ただのミズーリ王者ではありませんでした。同年8月1日の後楽園ホールでジャンボ鶴田を破り、PWF認定ユナイテッドナショナル(UN)ヘビー級王座をも手中に収めていたレイスは、文字通り「二冠王」としての威風堂々たる大物来日だったのです。しかし、北見の地で行われた防衛戦で執念に燃える鶴田の猛追を浴び、10月24日にUN王座を奪還されてしまいます。

 普通のレスラーであればここで気落ちして勢いが落ちるところですが、そこは「ミスターNWA」と呼ばれたレイスです。転んでもただでは起きない怪物ぶりを、わずか2日後の帯広大会で見せつけました。なんと、全日本の大看板であるジャイアント馬場の持つPWF認定ヘビー級王座に挑戦し、これを見事に奪取。至高の至宝を強奪するという驚愕のドラマを展開したのです。ミズーリ王者としてのプライド、そして日本の2大エース(馬場・鶴田)と繰り広げたベルトを巡る激しいシーソーゲームは、シリーズを最大のクライマックスへと導きました。

 ジミー・スヌーカとの強力タッグでも猛威を振るい、北の大地から名古屋、東京へと至る全日本マットを完全に支配した、レイスの激闘の全戦績は以下の通りです。

’82ジャイアント・シリーズ

 昭和57(1982)年10月22日(金曜日)、秋田県能代市/厚生年金能代市体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ジミー・スヌーカ(1-0)ジャンボ鶴田&阿修羅・原
   ◎スヌーカ(14分36秒、片エビ固め)原

 昭和57(1982)年10月24日(日曜日)、北海道北見市/北海道立北見体育センター
□PWF認定ユナイテッドナショナルヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャンボ鶴田(20分14秒、体固め)ハーリー・レイス
   ※第20代王者H・レイスが初防衛に失敗。J鶴田が第21代王者となる。レイスの保持するNWA認定ミズーリ州ヘビー級王座は賭けられていない。

 昭和57(1982)年10月25日(月曜日)、北海道大樹町/大樹町青少年会館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ドリー・ファンク・ジュニア&ジャンボ鶴田
  (1-0)ハーリー・レイス&ニコリ・ボルコフ&ジプシー・ジョー
   ◎ファンク(17分30秒、回転足首固め)ジョー

 昭和57(1982)年10月26日(火曜日)、北海道帯広市/帯広市総合体育館
□PWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス(12分45秒、体固め)ジャイアント馬場
   ※第5代王者G馬場が16度目の防衛に失敗。H・レイスが第6代王者となる。レイスの保持するNWA認定ミズーリ州ヘビー級王座は賭けられていない。

 昭和57(1982)年10月27日(水曜日)、北海道根室市/根室市青少年センター
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ジミー・スヌーカ(1-0)ジャイアント馬場&阿修羅・原
   ◎スヌーカ(13分3秒、体固め)原

 昭和57(1982)年10月28日(木曜日)、北海道釧路市/釧路市厚生年金体育館
□タッグマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(1-0)ハーリー・レイス&ジプシー・ジョー
   ◎馬場(12分3秒、片エビ固め)ジョー
   ※G馬場&J鶴田はPWF認定インターナショナルタッグ王者チーム。

 昭和57(1982)年10月29日(金曜日)、北海道富良野市/富良野スポーツセンター
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ジミー・スヌーカ(1-0)天龍源一郎&石川隆士
   ◎レイス(10分59秒、片エビ固め)石川

 昭和57(1982)年10月30日(土曜日)、北海道函館市/函館市民体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ジミー・スヌーカ(1-0)ジャンボ鶴田&天龍源一郎
   ◎スヌーカ(14分31秒、エビ固め)天龍

 同日/同所
□100万円争奪スーパーヘビー級バトルロイヤル(17人参加)
 [参加選手] ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、阿修羅・原、佐藤昭雄、石川隆士、グレート小鹿、大熊元司、ロッキー羽田、ドリー・ファンク・ジュニア、ブルーザー・ブロディ、ハーリー・レイス、ジミー・スヌーカ、ニコリ・ボルコフ、ドリーム・マシーン、ジプシー・ジョー、ビクター・リベラ
 [結  果] 天龍源一郎(8分17秒、片エビ固め)J・スヌーカ
         ※天龍源一郎が優勝し、賞金100万円を獲得する。

 昭和57(1982)年11月2日(火曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□PWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口、サブレフェリー:和田京平
  ハーリー・レイス(12分41秒、両者反則)ジャイアント馬場
   ※第6代王者H・レイスが初防衛に成功する。レイスの保持するNWA認定ミズーリ州ヘビー級王座は賭けられていない。

 昭和57(1982)年11月3日(水曜日、祝日)、長野県上田市/上田市民体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ジミー・スヌーカ(1-0)ジャンボ鶴田&石川隆士
   ◎レイス(12分20秒、体固め)石川

 昭和57(1982)年11月4日(木曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□タッグマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ジミー・スヌーカ(1-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田
   ◎スヌーカ(9分4秒、体固め)鶴田
   ※G馬場&J鶴田はPWF認定インターナショナルタッグ王者チーム。

 前シリーズでPWFヘビー級王座を強奪するという強烈なインパクトを残したハーリー・レイスは、一度アメリカへ帰国したのち、間髪を入れずに開催された冬の祭典「’82世界最強タッグ決定リーグ戦」へ参戦するため、すぐさま日本の地へと舞い戻ってきました。現役のミズーリ王者であり、同時に強奪したPWF王者でもある最高峰の「二冠王」として、再び全日本プロレスのリングに熱い火を点けたのです。

 レイスはこのリーグ戦において、気鋭の実力派ディック・スレーターを相棒に指名し、超大物タッグを結成。ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田の「師弟コンビ」をはじめ、当時マット界を震撼させていたブルーザー・ブロディ&スタン・ハンセンの「ミラクル・パワー・コンビ」、 そして永遠のライバルであるドリー&テリーの「ザ・ファンクス」など、世界のトップチームを相手に息をもつかせぬ名勝負を連発しました。

 さらにタッグ公式戦だけでなく、シリーズ中に組まれた珠玉のシングルマッチでもレイスの絶対的な強さが際立ちました。盛岡ではブロディとの大物王者対決を圧巻のドローで魅せ、福岡では名手リッキー・スティムボートを技の応酬の末に撃破。さらに千葉では大看板の馬場をリングアウトに仕留めるなど、まさに当代随一の実力者としての威厳を見せつけました。

 蔵前国技館での最終決戦にいたるまで、日本のファンにアメリカ最前線の重厚なプロレスをたっぷりと堪能させた、レイスの激闘の全戦績は以下の通りです。

’82世界最強タッグ決定リーグ戦

 昭和57(1982)年11月26日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(1-0)グレート小鹿&大熊元司
   ◎レイス(10分46秒、体固め)大熊

 昭和57(1982)年11月27日(土曜日)、群馬県前橋市/群馬県スポーツセンター
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(0-0)天龍源一郎&阿修羅・原
   ◎レイス組(時間切れ)天龍組

 昭和57(1982)年11月28日(日曜日)、秋田県秋田市/秋田市立体育館
□タッグマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(0-0)ハーリー・レイス&ディック・スレーター
   ◎馬場組(14分26秒、両軍リングアウト)レイス組
   ※G馬場&J鶴田はPWF認定インターナショナルタッグ王者チーム。

 昭和57(1982)年11月29日(月曜日)、岩手県盛岡市/岩手県営体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス(12分10秒、両者リングアウト)ブルーザー・ブロディ
   ※H・レイスはPWF認定ヘビー級&NWA認定ミズーリ州ヘビー級王者で、B・ブロディはPWF認定インターナショナルヘビー級王者。

 昭和57(1982)年11月30日(火曜日)、新潟県新潟市/新潟市体育館
□世界最強タッグ決定リーグ公式戦(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(1-0)上田馬之助&スーパー・デストロイヤー
   ◎スレーター(8分14秒、体固め)デストロイヤー
   ※S・デストロイヤーの正体はスコット・アーウィン。

 昭和57(1982)年12月1日(水曜日)、富山県富山市/富山市体育館(富山市スポーツセンター)
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(0-0)上田馬之助&スーパー・デストロイヤー
   ◎レイス組(9分22秒、両軍リングアウト)上田組

 昭和57(1982)年12月2日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□世界最強タッグ決定リーグ公式戦(45分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口、サブレフェリー:ミスター林
  ブルーザー・ブロディ&スタン・ハンセン(1-0)ハーリー・レイス&ディック・スレーター
   ◎ブロディ組(12分58秒、反則勝ち)レイス

 昭和57(1982)年12月4日(土曜日)、宮崎県小林市/小林市市民体育館
□世界最強タッグ決定リーグ公式戦(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(1-0)天龍源一郎&阿修羅・原
   ◎レイス(10分59秒、体固め)原

 昭和57(1982)年12月5日(日曜日)、福岡県久留米市/福岡県立久留米総合スポーツセンター体育館
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(0-0)リッキー・スティムボート&ジェイ・ヤングブラッド
   ◎レイス組(時間切れ)スティムボート組

 昭和57(1982)年12月6日(月曜日)、熊本県熊本市/熊本市体育館
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(1-0)上田馬之助&スーパー・デストロイヤー
   ◎レイス(9分3秒、体固め)デストロイヤー

 昭和57(1982)年12月7日(火曜日)、福岡県福岡市/福岡国際センター
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)、レフェリー:ルー・テーズ
  ハーリー・レイス(16分21秒、エビ固め)リッキー・スティムボート
   ※H・レイスはPWF認定ヘビー級&NWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和57(1982)年12月8日(水曜日)、北海道旭川市/旭川市総合体育館
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(1-0)上田馬之助&スーパー・デストロイヤー
   ◎レイス(7分24秒、体固め)デストロイヤー

 昭和57(1982)年12月9日(木曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島体育センター別館
□世界最強タッグ決定リーグ公式戦(45分1本勝負)、レフェリー:ルー・テーズ
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター
  (0-0)ザ・ファンクス(ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク)
   ◎レイス組(時間切れ)ファンクス

 昭和57(1982)年12月10日(金曜日)、千葉県千葉市/千葉公園体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス(11分26秒、リングアウト)ジャイアント馬場
   ※H・レイスはPWF認定ヘビー級&NWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和57(1982)年12月11日(土曜日)、長野県松本市/松本市総合体育館
□タッグマッチ(20分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター
  (0-0)ザ・ファンクス(ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク)
   ◎レイス組(時間切れ)ファンクス

 昭和57(1982)年12月12日(日曜日)、静岡県静岡市/静岡産業館
□世界最強タッグ決定リーグ公式戦(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ディック・スレーター(1-0)リッキー・スティムボート&ジェイ・ヤングブラッド
   ◎レイス(10分49秒、体固め)ヤングブラッド

 昭和57(1982)年12月13日(月曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□世界最強タッグ決定リーグ公式戦/ノンタイトル(45分1本勝負)、レフェリー:ルー・テーズ
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(1-0)ハーリー・レイス&ディック・スレーター
   ◎馬場(17分47秒、片エビ固め)スレーター

第24代王者:ケリー・フォン・エリック

 ハーリー・レイスが日本での激闘を終えてアメリカへ帰国してから6週間後、総本山キール・オーデトリアムのリングで歴史が動きました。テキサスの若き至宝「モダン・デイ・ウォリアー」ことケリー・フォン・エリックがレイスを破り、第24代ミズーリヘビー級王座を戴冠したのです。

 新王者となったケリーは、昭和58(1983)年3月から4月にかけて開催された全日本プロレスの「グランド・チャンピオン・カーニバルⅠ」へ特別参加として来日を果たします。そしてこのツアーにおいて、日本のプロレスファンにとって忘れられない偉大な歴史の1ページが刻まれることとなりました。なんと、それまでアメリカのセントルイスでしか行われてこなかった由緒あるミズーリヘビー級選手権試合が、史上初めて本拠地を飛び出し、ここ日本国内で開催されたのです。

 世界中が注目するこの初のアウトサイド防衛戦において、日本のリングからは石川敬士(鶴岡大会)、そして「風雲児」天龍源一郎(仙台大会)の2人が王座奪取の野望を抱いて出陣しました。鋭いチョップや重厚な攻防で現役王者をギリギリまで追い詰める猛烈な善戦を見せましたが、ケリーはフォン・エリック家伝承の必殺技アイアン・クローや躍動感あふれるパワーを武器にその猛追を撃退。鉄壁の強さで2度の防衛に成功し、最高峰のベルトの威厳を改めて日本のファンに見せつけました。

 甘いマスクとダイナミックなファイトスタイルで全国のファンを魅了した、ケリーの歴史的な日本防衛ツアーの全戦績は以下の通りです。

 昭和58(1983)年3月31日(木曜日)、東京都三鷹市/三鷹スポーツガーデン・ドアーズ三鷹店駐車場
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック(7分30秒、体固め)大熊元司
   ※K・V・エリックはミズーリヘビー級王者。

 昭和58(1983)年4月1日(金曜日)、千葉県市原市/市原市臨海体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分1本勝負)、レフェリー:ミスター林
  ケリー・フォン・エリック(11分40秒、体固め)マイティ井上(顔面掴みを決めた状態でフォール)
   ※K・V・エリックはミズーリヘビー級王者。

 昭和58(1983)年4月2日(土曜日)、新潟県長岡市/長岡市厚生会館
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック&テッド・デビアス(1-0)天龍源一郎&マイティ井上
   ◎デビアス(17分6秒、体固め)井上

 昭和58(1983)年4月3日(日曜日)、新潟県三条市/三条市厚生福祉会館
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック&テッド・デビアス(0-0)天龍源一郎&石川敬士
   ◎エリック(15分43秒、両者リングアウト)石川

 昭和58(1983)年4月4日(月曜日)、山形県鶴岡市/鶴岡市体育館
□NWA認定ミズーリヘビー級選手権試合(60分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック(13分41秒、体固め)石川敬士
   ※第24代王者K・V・エリックが王座防衛に成功する。

 昭和58(1983)年4月5日(火曜日)、秋田県鹿角市/鹿角市記念スポーツセンター
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック&テッド・デビアス(1-0)天龍源一郎&大仁田厚
   ◎デビアス(10分29秒、片エビ固め)大仁田

 昭和58(1983)年4月6日(水曜日)、宮城県石巻市/石巻市総合体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック&テリー・ファンク&テッド・デビアス
  (1-0)ジャンボ鶴田&天龍源一郎&阿修羅・原
   ◎デビアス(16分29秒、回転エビ固め)原

 昭和58(1983)年4月7日(木曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□NWA認定ミズーリヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ケリー・フォン・エリック(14分23秒、両者リングアウト)天龍源一郎
   ※第24代王者K・V・エリックが王座防衛に成功する。

 昭和58(1983)年4月9日(土曜日)、島根県松江市/松江市総合体育館
□6人タッグマッチ(45分1本勝負)
  ジャイアント馬場&天龍源一郎&大仁田厚
  (1-0)ケリー・フォン・エリック&ジプシー・ジョー&チック・ドノバン
   ◎大仁田(10分21秒、首固め)ドノバン

 昭和58(1983)年4月10日(日曜日)、広島県三原市/三原市文化会館前広場
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ジャンボ鶴田&天龍源一郎(1-0)ケリー・フォン・エリック&ジプシー・ジョー
   ◎鶴田(9分27秒、片エビ固め)ジョー

 昭和58(1983)年4月11日(月曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック(7分35秒、体固め)マイティ井上
   ※K・V・エリックはミズーリヘビー級王者。

 昭和58(1983)年4月12日(火曜日)、愛媛県松山市/愛媛県民館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック(9分29秒、体固め)グレート小鹿
   ※K・V・エリックはミズーリヘビー級王者。

 昭和58(1983)年4月13日(水曜日)、高知県高知市/高知県立県民体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ケリー・フォン・エリック(16分52秒、リングアウト)阿修羅・原
   ※K・V・エリックはミズーリヘビー級王者。

第29代王者:ハーリー・レイス

 昭和59(1984)年1月6日、総本山キール・オーデトリアムにおいて、ハーリー・レイスは「テキサスの大鷹」ケリー・フォン・エリックの兄であるデビッド・フォン・エリックを激闘の末に破り、驚異の通算6度目となるミズーリヘビー級王座へと返り咲きました。レイスは同年5月、全日本プロレスの「グランド・チャンピオン・カーニバルⅡ」へ現役のミズーリ王者として堂々たる参戦を果たします。

 このシリーズでは、当時のNWA世界王座を巡るドキュメンタリーさながらの、激しい政権争いの人間模様が日本のリング上でリアルタイムに展開されました。5月22日の田園コロシアム大会において、レイスは前NWA世界王者である「野生児」リック・フレアーとのスペシャルシングルマッチに臨み、緊迫した攻防の末に見事なフォール勝ちを収めます。

 しかし、敗れたフレアーもそのわずか2日後、横須賀の地でケリー・フォン・エリックを破ってNWA世界王座への復帰(第30代)を果たすという、凄まじい巻き返しを見せました。これを受けてレイスは、5月25日の船橋大会にて新王者となったばかりのフレアーが持つ世界最高峰のベルトへとすぐさま挑戦。かつて世界王座を7度も手にしたレイスと、新王者のフレアーによる「世界王者vsミズーリ王者」の極上の意地とプライドのぶつかり合いは、1-1の熱戦の末に両者反則という大荒れの幕切れとなり、惜しくも王座奪取はなりませんでした。

激動するアメリカマット界の最高峰のドラマを日本にそのまま持ち込み、ファンを大いに魅了したレイスの全戦績は以下の通りです。

グランド・チャンピオン・カーニバルⅡ

 昭和59(1984)年5月18日(金曜日)、千葉県流山市/流山市民総合体育館
□タッグマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャンボ鶴田&天龍源一郎(1-0)ハーリー・レイス&バズ・タイラー
   ◎鶴田(12分31秒、体固め)タイラー

 昭和59(1984)年5月19日(土曜日)、東京都練馬区/東映東京撮影所駐車場
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分1本勝負)
  ハーリー・レイス(10分5秒、体固め)阿修羅・原
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和59(1984)年5月20日(日曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□6人タッグマッチ(45分1本勝負)
  ジャイアント馬場&プリンス・トンガ&阿修羅・原
  (1-0)ハーリー・レイス&バズ・タイラー&ボビー・ヒーナン
   ◎馬場(11分6秒、片エビ固め)ヒーナン

 昭和59(1984)年5月21日(月曜日)、栃木県黒磯市/黒磯市公会堂
□タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(1-0)ハーリー・レイス&バズ・タイラー
   ◎馬場(10分5秒、体固め)タイラー

 昭和59(1984)年5月22日(火曜日)、東京都大田区/田園コロシアム
□スペシャルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス(17分45秒、体固め)リック・フレアー
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和59(1984)年5月24日(木曜日)、神奈川県横須賀市/横須賀市総合体育会館(横須賀アリーナ)
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  ジャンボ鶴田&天龍源一郎(1-0)ハーリー・レイス&ボビー・ヒーナン
   ◎天龍(14分36秒、片エビ固め)ヒーナン

 昭和59(1984)年5月25日(金曜日)、千葉県船橋市/船橋市運動公園体育館(船橋市民体育館)
□NWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分3本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  リック・フレアー(1-1)ハーリー・レイス
   ①レイス(16分6秒、体固め)フレアー
   ②フレアー(6分31秒、足4の字固め)レイス
   ③フレアー(10分46秒、両者反則)レイス(10分56秒説あり)
   ※第30代王者R・フレアーが初防衛に成功する。H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和59(1984)年5月26日(土曜日)、群馬県太田市/太田市天神公園
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&プリンス・トンガ
  (1-0)ハーリー・レイス&バズ・タイラー&ジプシー・ジョー
   ◎馬場(12分45秒、片エビ固め)ジョー

 昭和59(1984)年5月28日(月曜日)、岩手県水沢市/水沢市民体育文化会館
□タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&天龍源一郎(1-0)ハーリー・レイス&バズ・タイラー
   ◎馬場(9分17秒、片エビ固め)タイラー

 昭和59(1984)年5月29日(火曜日)、秋田県鷹巣町/鷹巣体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス(9分45秒、片エビ固め)石川敬士
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和59(1984)年5月30日(水曜日)、青森県八戸市/八戸市体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&天龍源一郎&マイティ井上
  (1-0)ハーリー・レイス&バズ・タイラー&ボビー・ヒーナン
   ◎馬場(15分24秒、片エビ固め)タイラー

 同じ年の春に続き、昭和59(1984)年10月、ハーリー・レイスは全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ」へ再びミズーリヘビー級王者として登場しました。このシリーズでレイスは、当時のアメリカマット界で絶大な人気と悪名を誇り、全日本マットに初上陸を果たした伝説の悪役ユニット「ファビュラス・フリーバーズ」(テリー・ゴディ、マイケル・ヘイズ、バディ・ロバーツ)の若き面々と強力な共闘体制を敷くことになります。

 百戦錬磨の帝王レイスが、新世代の暴走軍団フリーバーズを率いる形で実現したこの合体は、日本のプロレスファンにとって強烈なインパクトを与えました。開幕戦の後楽園ホールでは、馬場・鶴田・天龍の「全日本3大エース」を一気に撃破する鮮烈な勝利を飾り、シリーズの主導権を完全に掌握。その後も、狂犬バズ・ソイヤーらを相棒に、各地で日本のトップ陣を大いに苦しめました。

 若手の壁として圧倒的な実力を見せつけた石川敬士とのシングル戦、長崎での馬場&鶴田組との大荒れの肉弾戦など、現役ミズーリ王者としての底知れないタフさと冷徹な強さが全編にわたって光り、全日本マットを大いに震撼させた激闘の全戦績は以下の通りです。

ジャイアント・シリーズ

 昭和59(1984)年10月15日(月曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス&ファビュラス・フリーバーズ(テリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ)
  (1-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&天龍源一郎
   ◎ヘイズ(14分6秒、片エビ固め)天龍

 昭和59(1984)年10月16日(火曜日)、富山県富山市/富山市体育館(富山市スポーツセンター)
□タッグマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャイアント馬場&リッキー・スティムボート(1-0)ハーリー・レイス&バディ・ロバーツ
   ◎スティムボート(13分5秒、体固め)ロバーツ

 昭和59(1984)年10月17日(水曜日)、石川県金沢市/石川県産業展示館3号館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャンボ鶴田&リッキー・スティムボート&ザ・グレート・カブキ
  (1-0)ハーリー・レイス&ファビュラス・フリーバーズ(テリー・ゴディ&バディ・ロバーツ)
   ◎鶴田(14分40秒、片エビ固め)ロバーツ

 昭和59(1984)年10月18日(木曜日)、兵庫県高砂市/鹿嶋神社駐車場
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&天龍源一郎
  (1-0)ハーリー・レイス&テリー・ゴディ&鶴見五郎
   ◎馬場(11分50秒、片エビ固め)鶴見

 昭和59(1984)年10月20日(土曜日)、山口県下関市/下関市体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&ザ・グレート・カブキ
  (1-0)ハーリー・レイス&バズ・ソイヤー&鶴見五郎
   ◎カブキ(13分7秒、片エビ固め)鶴見

 昭和59(1984)年10月21日(日曜日)、熊本県荒尾市/荒尾消防署横広場
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス(5分44秒、体固め)石川敬士
   ※H・レイスはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和59(1984)年10月22日(月曜日)、長崎県長崎市/長崎国際体育館
□タッグマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ハーリー・レイス&バズ・ソイヤー(0-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田
   ◎レイス組(11分35秒、両軍反則)馬場組

 昭和59(1984)年10月23日(火曜日)、佐賀県佐賀市/佐賀スポーツセンター
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス&マイケル・ヘイズ(1-0)リッキー・スティムボート&マジック・ドラゴン
   ◎レイス(12分30秒、体固め)ドラゴン

 昭和59(1984)年10月24日(水曜日)、宮崎県小林市/小林市市民体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ハーリー・レイス&ファビュラス・フリーバーズ(テリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ)
  (0-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&天龍源一郎
   ◎レイス組(12分14秒、両軍リングアウト)馬場組

第30代王者:ジェリー・ブラックウェル

 現役のミズーリヘビー級王者として、日本のリングに最後にその足跡を残したのが、巨漢ジェリー・ブラックウェルです。日本のファンには「クラッシャー・ブラックウェル」の衝撃的なリングネームでお馴染みの彼は、日本遠征からアメリカへ帰国したばかりのハーリー・レイスに11月16日、総本山キール・オーデトリアムにて挑戦。見事な勝利を収め、自身2度目となるミズーリ王座戴冠を果たしました。

 そして翌昭和60(1985)年6月、ブラックウェルは現役王者のステータスを引っ提げ、全日本プロレスの「’85熱風!!サマー・アクション・ウォーズ」へ堂々たる参戦を果たします。超ド級の巨体から繰り出される破壊力抜群のファイトで大暴れしたこのシリーズは、まさに豪華絢爛な人間模様の連続でした。「不沈艦」スタン・ハンセンとのタッグでは圧倒的な破壊力で日本陣営を震撼させ、ジプシー・ジョーらとも共闘。さらにシリーズ後半には、本拠地セントルイスでは激しい王座抗争を展開していた宿敵レイスともタッグを結成するという、ファン歓喜の奇跡的なドリームコンビが日本のリングで実現しました。

 昭和の全日本マットにジャパンプロレス勢(長州力、キラー・カーン、谷津嘉章ら)が加わり、激動の三つ巴戦が展開される中で、王者の実力を遺憾なく発揮したブラックウェルの全戦績は以下の通りです。

 昭和60(1985)年6月28日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□タッグマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル(1-0)ジャイアント馬場&石川敬士
   ◎ハンセン(6分48秒、片エビ固め)石川

 昭和60(1985)年6月29日(土曜日)、神奈川県平塚市/平果地方卸売市場
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&大熊元司
   ◎ハンセン(9分4秒、片エビ固め)大熊
   ※T・レッドはジン・ルイスのこと。

 昭和60(1985)年7月1日(月曜日)、東京都福生市/福生市民体育館
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ジャイアント馬場&天龍源一郎(1-0)クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎天龍(9分19秒、体固め)ブラックウェル

 昭和60(1985)年7月4日(木曜日)、長野県木曽福島町/木曽福島町民体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&グレート小鹿
   ◎ハンセン(7分41秒、エビ固め)小鹿

 昭和60(1985)年7月5日(金曜日)、長野県諏訪市/諏訪湖スポーツセンター体育館
□シングルマッチ/ノンタイトルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  クラッシャー・ブラックウェル(4分26秒、両者リングアウト)キラー・カーン
   ※C・ブラックウェルはNWA認定ミズーリ州ヘビー級王者。

 昭和60(1985)年7月6日(土曜日)、長野県上田市/上田市民体育館
□タッグマッチ(45分1本勝負)
  クラッシャー・ブラックウェル&スティーブ・リーガル(1-0)石川敬士&大熊元司
   ◎ブラックウェル(7分20秒、体固め)大熊

 昭和60(1985)年7月7日(日曜日)、長野県池田町/池田町総合体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)ジャイアント馬場&天龍源一郎&大熊元司
   ◎ハンセン(9分27秒、体固め)大熊

 昭和60(1985)年7月8日(月曜日)、新潟県長岡市/長岡市厚生会館
□タッグマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田(1-0)スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル
   ◎鶴田(10分33秒、体固め)ブラックウェル

 昭和60(1985)年7月9日(火曜日)、新潟県新発田市/新発田市カルチャーセンター
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)長州力&谷津嘉章&寺西勇
   ◎ハンセン(10分3秒、体固め)寺西

 昭和60(1985)年7月10日(水曜日)、秋田県横手市/横手平鹿広域圏民体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&大熊元司
  (1-0)スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&スティーブ・リーガル
   ◎鶴田(9分42秒、体固め)リーガル

 昭和60(1985)年7月11日(木曜日)、岩手県二戸市/二戸市体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)ジャイアント馬場&天龍源一郎&グレート小鹿
   ◎ブラックウェル(8分35秒、片エビ固め)小鹿

 昭和60(1985)年7月12日(金曜日)、青森県八戸市/八戸市体育館
□タッグマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド(1-0)ジャイアント馬場&渕正伸
   ◎ブラックウェル(6分14秒、体固め)渕

 昭和60(1985)年7月13日(土曜日)、宮城県築館町/築館ボウル駐車場
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  キラー・カーン&栗栖正伸(1-0)クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎栗栖(10分3秒、体固め)ジョー

 昭和60(1985)年7月14日(日曜日)、山形県河北町/河北町民体育館
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  アニマル浜口&小林邦昭(1-0)クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎浜口(8分44秒、体固め)ジョー

 昭和60(1985)年7月15日(月曜日)、福島県須賀川市/須賀川市体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&石川敬士
  (1-0)スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&スティーブ・リーガル
   ◎石川(7分40秒、体固め)リーガル

 昭和60(1985)年7月16日(火曜日)、千葉県船橋市/北習志野近隣公園
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)長州力&キラー・カーン&寺西勇
   ◎ハンセン(10分2秒、体固め)寺西

 昭和60(1985)年7月17日(水曜日)、千葉県市原市/市原市立戸田小学校旧小寺分校跡地
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  クラッシャー・ブラックウェル&ザ・デストロイヤー(1-0)グレート小鹿&大熊元司
   ◎ブラックウェル(10分20秒、体固め)小鹿

 昭和60(1985)年7月18日(木曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (0-0)長州力&キラー・カーン&谷津嘉章
   ◎レッド(13分51秒、両者リングアウト)長州

 昭和60(1985)年7月19日(金曜日)
 神奈川県海老名市/ピープルアイスアリーナ海老名(ニチイ海老名ショッピングデパート内)
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)ジャイアント馬場&天龍源一郎&大熊元司
   ◎ハンセン(10分58秒、体固め)大熊

 昭和60(1985)年7月20日(土曜日)、埼玉県北本市/忠実屋北本店駐車場
□6人タッグマッチ(45分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&天龍源一郎
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎鶴田(13分54秒、体固め)ジョー

 昭和60(1985)年7月21日(日曜日)、埼玉県狭山市/ニチイ狭山ショッピングデパート駐車場
□6人タッグマッチ(45分1本勝負)
  長州力&キラー・カーン&谷津嘉章
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎長州(4分57秒、体固め)ジョー

 昭和60(1985)年7月22日(月曜日)、神奈川県横浜市/サンテラス日吉店屋上駐車場
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  長州力&キラー・カーン&谷津嘉章
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&スティーブ・リーガル
   ◎長州(10分1秒、体固め)リーガル

 昭和60(1985)年7月23日(火曜日)、神奈川県横浜市/サンテラス戸塚駐車場
□タッグマッチ(30分1本勝負)
  ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル(1-0)キラー・カーン&寺西勇
   ◎ブラックウェル(5分44秒、体固め)寺西

 昭和60(1985)年7月24日(水曜日)、埼玉県草加市/忠実屋草加店駐車場
□6人タッグマッチ(45分1本勝負)
  ジャイアント馬場&天龍源一郎&大熊元司
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎天龍(12分59秒、片エビ固め)ジョー

 昭和60(1985)年7月25日(木曜日)、埼玉県本庄市/本庄市民体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&天龍源一郎
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&スティーブ・リーガル
   ◎天龍(11分59秒、片エビ固め)リーガル

 昭和60(1985)年7月26日(金曜日)、奈良県橿原市/奈良県立橿原公苑体育館
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  スタン・ハンセン&クラッシャー・ブラックウェル&テキサス・レッド
  (1-0)ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&大熊元司
   ◎ハンセン(9分30秒、体固め)大熊

 昭和60(1985)年7月28日(日曜日)、長崎県島原市/島原市体育館
□タッグマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:タイガー服部
  ジャイアント馬場&石川敬士(0-0)クラッシャー・ブラックウェル&ザ・デストロイヤー
   ◎石川(10分13秒、両者リングアウト)デストロイヤー

 昭和60(1985)年7月29日(月曜日)、鹿児島県鹿児島市/鹿児島県総合体育センター体育館
□6人タッグマッチ(45分1本勝負)
  長州力&キラー・カーン&谷津嘉章
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&スティーブ・リーガル
   ◎長州(8分47秒、体固め)リーガル

 昭和60(1985)年7月30日(火曜日)、福岡県福岡市/福岡スポーツセンター
□タッグマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:タイガー服部
  ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル(1-0)ジャンボ鶴田&大熊元司
   ◎レイス(7分58秒、体固め)大熊

 昭和60(1985)年7月31日(水曜日)、大分県日田市/日田玖珠地域産業振興センター
□6人タッグマッチ(60分1本勝負)
  ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田&天龍源一郎
  (1-0)ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&ジプシー・ジョー
   ◎鶴田(10分50秒、体固め)ジョー

 昭和のプロレスシーンにおいて、燦然たる輝きを放ったNWA認定ミズーリヘビー級王座。こうして歴代の現役王者たちが日本のリングに刻んだ激闘の足跡を振り返ると、彼らの来日がいかに当時のマット界に特別な熱狂と緊迫感をもたらしていたかが改めて浮き彫りになります。

 ハーリー・レイスが魅せた「ミスターNWA」としての絶対的なプライド、ドリー・ファンク・ジュニアの至高のテキサス・レスリング、ディック・マードックの猛々しくも老獪なテクニック、ケリー・フォン・エリックが日本で実現させた歴史的な初防衛戦、ケン・パテラが新日本のリングで巻き起こした怪力旋風、そして最後の来日王者となったジェリー・ブラックウェルが放った圧倒的な存在感――。彼らが日本のエースたち、そしてライバルたちと繰り広げた一戦一戦は、単なる地方興行の1試合にとどまらず、アメリカ最前線のドキュメンタリーと日本のプロレスが美しく融合した、まさに珠玉の作品群でした。

 昭和60(1985)年、ブラックウェルの来日を最後に、現役のミズーリ王者が日本の土を踏む機会は訪れず、のちに王座自体もその歴史に幕を下ろすこととなります。しかし、彼らが全国各地の体育館や屋外特設リングで遺した魂の記録は、今なお私たちの心の中で色褪せることはありません。

 「世界王者への登竜門」という言葉の重みを体現し、日本のファンにプロレスの底知れないロマンと強さを見せつけてくれた偉大なるミズーリヘビー級王者たちに、改めて最大の敬意を表して、本ページの結びとさせていただきます。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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