力道山組敗北で1万5千人が「暴動寸前」と化した東京都体育館の夜

 昭和29(1954)年8月6日、東京都体育館において、全42戦に及ぶ「太平洋選手権争奪、プロレスリング大試合」という一大シリーズが開幕しました。この大会は、力道山がハンス・シュナーベル、ルー・ニューマンの両名と「パシフィックコーストタッグ選手権」を争うことが最大の目玉となっていました。しかし、この王座は実質的には日本での興行用に準備されたもののようでした。当時、同名の王座はサンフランシスコ地区で認定されていたのです。

 この年の2月から3月にかけて開催された「マナスル登山基金募集、プロレスリング国際大試合」には、ベンとマイクのシャープ兄弟が、NWA認定世界タッグ王者チームとして来日していました。実は、このときに彼らが保持していた王座もサンフランシスコ地区で認定されたものでした。

 シャープ兄弟は帰国後の5月10日、カリフォルニア州サンフランシスコでジン・キニスキー、ロード・ブレアース組の挑戦を受けて世界タッグ王座を失ってしまいます。その代わりに、5月13日には同州ストックトンでエンリキ・トーレス、ロニー・エチソン組からパシフィックコーストタッグ王座を奪取していました。したがって、もし正式なパシフィックコーストタッグ王者チームを招聘して同じコンセプトのシリーズを開催するとなれば、再びシャープ兄弟を呼ばなければならなかったということになります。

 とにかく、日本でパシフィックコーストタッグ王者チームを名乗ることとなったシュナーベル、ニューマン組は、日本での防衛戦を行うことになりました。そして、その記念すべき第1回目の防衛戦で、プロレス史に残る大事件が起こったのです。

 昭和29(1954)年8月8日(日曜日)、東京都渋谷区/東京体育館、観衆:15000人(超満員)
□パシフィックコーストタッグ選手権試合(61分3本勝負)、レフェリー:沖識名
  ハンス・シュナーベル&ルー・ニューマン(2-1)力道山&遠藤幸吉
   ①力道山(3分43秒、体固め)ニューマン(3分34秒説あり)
   ②ニューマン(7分9秒、体固め)遠藤
   ③シュナーベル(1分50秒、体固め)遠藤
   ※初代王者チームのH・シュナーベル&L・ニューマンが初防衛に成功する。

 この日の試合は、日本テレビで午後7時5分から9時まで、NHKテレビで午後7時30分から9時まで生中継されました。日本中が注目する中、試合は開始直後から大変殺気立った展開となりました。

 試合開始早々、ニューマンが遠藤を殴り倒すと、すかさず力道山が割って入り、ニューマンを激しく突き飛ばします。その緊迫した瞬間、興奮した観客席から外国人側に向けてジュースの空瓶が投げ込まれました。幸いにも外国人2人には当たりませんでしたが、運悪く記者席にいた「日本スポーツ」の記者に直撃し、その額が割れる怪我を負ってしまいます。これにより試合は一時中断を余儀なくされ、瓶を投げ込んだ観客は警察官によって連行されました。

 試合が再開されると、力道山は得意の空手チョップを連発してニューマンを圧倒。最後はボディスラムからのピンフォールで、わずか4分弱という短時間で先制の1本を奪いました。しかし2本目になると、外国人組は遠藤への集中攻撃を開始します。猛攻を浴びた遠藤は耐えきれず、7分強で1-1のタイに追いつかれてしまいました。運命の3本目、外国人2人は巧妙なタッチワークで遠藤の髪の毛を引っ張り、力道山への交代のチャンスを一切与えません。最後はシュナーベルがボディスラムを連発し、2分弱で遠藤を押さえ込んで勝利を掴み取りました。

 さて、収まらないのは日本組の勝利を信じて疑わなかった満員の観衆です。勝利のカップが外国人組に手渡されるときには、場内はすでに総立ち状態となり、激しい罵声と怒声で沸きかえりました。多数の警察官に守られながら退場していく外国人組に対し、3階席からは次々と物が投げつけられます。さらに数人の観客がリングに乱入すると、それに呼応するように1000人近い観客が一斉にリングサイドへと詰め寄せました。

 数十名の警察官が駆けつけて騒ぎを鎮めようと試みましたが、興奮した観客は警察官に激しくつっかかります。さらには会場の椅子を踏みつぶし、「金を返せ!」と叫びながら騒ぎ続けました。事態を重く見た管理人が場内の電灯を消し、静粛にするよう要請したことで、午後9時40分ごろになってようやく大騒動は収まりました。

 この衝撃的な事件は、日本や韓国、ハワイ、グアムの米軍基地内で広く読まれている高名な「パシフィック・スターズ・アンド・ストライプス紙」でも大きく取り上げられました。そのため、この東京都体育館での暴動寸前の大騒動は、今日でもアメリカの熱心なプロレスマニアの間で知れ渡る歴史的事件となっています。

(毎日新聞東京版[縮刷版]、昭和29年8月9日付朝刊第7面、大阪府立中央図書館所蔵)

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