ニック・ボックウィンクル 対 ビル・ロビンソン

 ビル・ロビンソンとニック・ボックウィンクルが初めて対戦したのは、昭和44(1969)年5月7日のホノルル大会でした。 これは現在判明している中で、ロビンソンがアメリカ合衆国国内で行った最も古い試合記録です。注目の初対決はフルタイムの熱戦の末に引き分けに終わっています。翌年11月には再びホノルルで両者の対戦が実現し、この時はロビンソンが勝利を収めました。

 2人のライバル関係が本格化し、頻繁に対戦するようになるのは、昭和46(1971)年にロビンソンがAWA圏に本格参戦してからのことです。この年の7月から12月にかけて両者は10回も対戦しました。戦績はロビンソンの6勝(4つの反則勝ちを含む)3敗(1つの反則負けを含む)1無効試合となっています。一見するとロビンソンがリードしているように映りますが、反則裁定や無効試合を除いた純粋な決着戦においては2勝2敗の五分と、互角の勝負を展開していました。

 昭和47(1972)年に入ると両者は8回対戦し、ロビンソンの5勝1敗(反則負け)2結果不明という成績で、ロビンソンが圧勝を遂げました。

 続く昭和48(1973)年には対戦数が14回にまで跳ね上がります。結果はロビンソンの9勝(1つの反則勝ちを含む)2敗(ともに反則負け)3結果不明となり、この年もロビンソンがボックウィンクルを圧倒しました。なお、ロビンソンはこの年の6月6日にダスティ・ローデスを破ってNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王座を戴冠していますが、9月26日のハワイ戦ではボックウィンクルを相手に見事同王座の防衛を果たしています。この王座は翌年以降は封印状態となり、昭和52(1977)年に復活するまで空位となりました。ロビンソンがハワイのマットを離れたことで、自動的に空位扱いになったものと推測されます。

 昭和49(1974)年の対戦は5回にとどまり、ロビンソンの3勝(1つの反則勝ちを含む)1敗(反則負け)1結果不明という結果でした。

 昭和50(1975)年を迎えると、両者の激突は13回を数えます。ここではロビンソンが8勝5敗(4つの反則負けを含む)と、再びボックウィンクルを圧倒しました。4月17日にウィニペグで行われた対戦は、AWA世界ヘビー級王者バーン・ガニアへの挑戦権を懸けた大一番となり、勝利したロビンソンが挑戦権を獲得します。ロビンソンは6月12日に同所で選手権試合に臨みましたが、惜しくもリングアウト負けで王座奪取を逃してしまいました。ちなみに、このガニア戦のレフェリーを務めたのは、名レスラーのルー・テーズでした。

 その後、ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王座に君臨します。一方のボックウィンクルも、同年11月8日にセントポールでガニアを破り、念願のAWA世界ヘビー級王座を奪取しました。そして11月13日、ウィニペグの地で「世界王者ボックウィンクル対大英帝国王者ロビンソン」という夢の王者対決が実現します。この一戦はロビンソンが勝利を収め、これを最後に両者のシングルマッチは1年間にわたり途絶えることになります。初対決からこのウィニペグ戦までに、2人が積み重ねたシングルマッチは通算52回に及びました。その通算戦績はロビンソンの32勝(7つの反則勝ちを含む)12敗(9つの反則負けを含む)1分け1無効試合6結果不明です。特筆すべきは、反則裁定を除いた純粋に勝敗が決した試合だけで見ると、ロビンソンの25勝3敗という数字になり、ロビンソンがボックウィンクルを完全に圧倒していたことが分かります。

 昭和52(1977)年になると両者は18回も対戦しますが、そのほとんどがAWA世界ヘビー級王座を懸けたタイトルマッチでした。結果はロビンソンの4勝(2つの反則勝ちを含む)6敗(2つの反則負けを含む)8分けに終わっています。ロビンソンが勝利した4試合のうち、2試合は反則勝ちであったため王座奪取には至らず、残りの2試合はノンタイトルマッチでした。ボックウィンクルの牙城を崩すのは容易ではありませんでした。

 昭和53(1978)年3月16日、ロビンソンはウィニペグでアンジェロ・モスカに敗れて大英帝国王座を失ってしまいますが、5月18日に同所で執念の王座奪還を果たします。この年もボックウィンクルと9回対戦し、そのすべてがタイトルマッチという過酷なロードでした。しかし、結果はロビンソンの2勝(ともに反則勝ち)6敗(2つの反則負けを含む)1分けにとどまり、悲願の世界王座奪取は失敗に終わりました。

 昭和54(1979)年10月25日、ロビンソンはウィニペグでスーパー・デストロイヤー・マークⅡ(正体はサージャント・スローター)に敗れて大英帝国王座から陥落したものの、11月12日にはすぐさま王座を奪い返します。この年もボックウィンクルへの挑戦の手を緩めることなく、9回にわたってチャレンジを続けました。しかし、結果はロビンソンの1勝(反則勝ち)5敗(1つの反則負けを含む)3分けに終わっています。

 昭和55(1980)年を迎えると、ロビンソンがテネシー州のCWA圏に主戦場を移したため、大英帝国王座の防衛戦は行われなくなりました。ロビンソンは4月28日にメンフィスで、当時空位となっていたCWA認定世界ヘビー級王座を懸けてマスクト・スーパースター(ビル・イーディ)と激突し、見事第4代王者に輝きます。一方のボックウィンクルは、7月18日にシカゴでバーン・ガニアに敗れ、長年守り続けたAWA世界ヘビー級王座から陥落してしまいました。無冠となったボックウィンクルはCWA圏へと遠征し、8月18日にメンフィスでロビンソンの持つCWA世界王座に挑戦しましたが、ロビンソンがこれを退けて王座防衛に成功しています。

 そしてこの年の暮れ、ついに日本のマットで両雄が相まみえることになります。全日本プロレスの「’80世界最強タッグ決定リーグ戦」にそれぞれ参加していた2人は、12月11日の蔵前国技館大会において、ノンタイトルマッチによる至高のシングルマッチで激突しました。試合は30分間に及ぶフルタイムの攻防の末、劇的な引き分けに終わっています。

 昭和56(1981)年1月3日、シカゴで行われた一戦ではボックウィンクルが勝利を収めました。この試合はノンタイトルマッチであったと推測されます。その後、ロビンソンは4月7日にケンタッキー州ルイビルでドリー・ファンク・ジュニアに敗れ、CWA世界王座を失ってしまいました。一方のAWAでは、世界王者バーン・ガニアが王座を保持したまま引退を表明したため、5月19日に前王者のボックウィンクルが新王者に認定されます。無冠となったロビンソンはこの年、ボックウィンクルの持つAWA世界王座に3度にわたって果敢に挑戦しましたが、結果は3連敗となり、ついに王座を奪うことはできませんでした。

 この一連のタイトルマッチ以降、両者の対戦は2年2か月ほど途絶えることになります。この期間中、ボックウィンクルはオットー・ワンツにAWA世界王座を一時奪われるもすぐに奪還に成功しました。しかし、その後ついにジャンボ鶴田に敗れて王座から陥落し、以後二度とAWA世界王座のベルトを腰に巻くことはありませんでした。

 昭和59(1984)年3月12日、モントリオールにおいて、2人の久々のシングルマッチが実現します。ボックウィンクルは鶴田に王座を奪われてからまだ1か月も経っていない時期でしたが、ロビンソンから見事な勝利を挙げました。そしてこの年、AWAエリアで行われた4度の対戦は、すべてボックウィンクルの勝利という結果に終わっています。かつてロビンソンが圧倒していた力関係は、時を経てボックウィンクルの優位へと変化していったのです。

[昭和44(1969)年]

ビッグ・タイム・レスリング(ミッド=パシフィック・プロモーションズ)

 昭和44(1969)年5月7日(水曜日)
 米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(時間切れ)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはIWA認定世界ヘビー級王者。

[昭和45(1970)年]

ビッグ・タイム・レスリング(ミッド=パシフィック・プロモーションズ)

 昭和45(1970)年11月25日(水曜日)
 米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・インターナショナル・センター・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

[昭和46(1971)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和46(1971)年7月28日(水曜日)
 米国/ミネソタ州ダルース/ダルース・アリーナ・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和46(1971)年8月4日(水曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(無効試合)ビル・ロビンソン

 昭和46(1971)年8月26日(木曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和46(1971)年9月21日(火曜日)
 米国/ノースダコタ州ビスマーク/ビスマーク・シビック・センター
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(26分30秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和46(1971)年9月25日(土曜日)
 米国/ミネソタ州セントポール/セントポール・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和46(1971)年11月11日(木曜日)
 米国/ウィスコンシン州オシュコシュ/ローデス・ハイスクール
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和46(1971)年12月13日(月曜日)
 米国/ウィスコンシン州ラクロス/メアリー・E・ソーヤー・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和46(1971)年12月14日(火曜日)
 米国/イリノイ州モリーン/ウォートン・フィールド・ハウス
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和46(1971)年12月16日(木曜日)
 米国/サウスダコタ州スーフォールズ/スーフォールズ・コロシアム
□シングルマッチ(60分3本勝負)
  ビル・ロビンソン(2-1)ニック・ボックウィンクル
   ③ロビンソン(反則勝ち)ボックウィンクル

 昭和46(1971)年12月26日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州ミルウォーキー/ミルウォーキー・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(21分35秒、反則勝ち)ニック・ボックウィンクル

[昭和47(1972)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和47(1972)年1月28日(金曜日)
 米国/ウィスコンシン州ミルウォーキー/ミルウォーキー・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(15分0秒、反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和47(1972)年2月9日(水曜日)
 米国/サウスダコタ州ミッチェル/コーン・パレス
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(結果不明)ビル・ロビンソン

 昭和47(1972)年5月22日(月曜日)
 米国/イリノイ州モリーン/ウォートン・フィールド・ハウス
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和47(1972)年8月6日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和47(1972)年11月4日(土曜日)
 米国/ミネソタ州セントポール/セントポール・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(13分0秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和47(1972)年11月21日(火曜日)
 米国/イリノイ州スターリング/スターリング・ハイスクール
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(結果不明)ビル・ロビンソン

 昭和47(1972)年12月1日(金曜日)
 米国/ウィスコンシン州オシュコシュ/ローデス・ハイスクール
□シングルマッチ(3本勝負)
  ビル・ロビンソン(2-1)ニック・ボックウィンクル

 昭和47(1972)年12月15日(金曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

[昭和48(1973)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和48(1973)年2月28日(水曜日)
 カナダ/マニトバ州ウィニペグ/ウィニペグ・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(23分0秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和48(1973)年3月17日(土曜日)
 米国/イリノイ州ペオリア/リッチウッズ・ハイスクール
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(26分9秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和48(1973)年3月20日(火曜日)
 米国/アイオワ州バーリントン/バーリントン・メモリアル・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和48(1973)年3月23日(金曜日)
 米国/ミシガン州アイアンウッド/ルーサー・L・ライト・ハイスクール・ジムナジアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(結果不明)ビル・ロビンソン

 昭和48(1973)年3月25日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州ケノーシャ/カーセージ・カレッジ
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(結果不明)ビル・ロビンソン

 昭和48(1973)年5月1日(火曜日)
 米国/イリノイ州モリーン/ウォートン・フィールド・ハウス
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和48(1973)年6月1日(金曜日)
 米国/イリノイ州スプリングフィールド/イリノイ・ステート・フェアグラウンズ・コロシアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(結果不明)ビル・ロビンソン

 昭和48(1973)年6月11日(月曜日)
 米国/アイオワ州ダベンポート/ジョン・オドネル・スタジアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王者。

 昭和48(1973)年6月14日(木曜日)
 カナダ/マニトバ州ウィニペグ/ウィニペグ・アリーナ
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※B・ロビンソンはNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王者。

 昭和48(1973)年7月18日(水曜日)
 米国/ノースダコタ州ファーゴ/ファーゴ・シビック・メモリアル・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※B・ロビンソンはNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王者。

 昭和48(1973)年9月3日(月曜日)
 米国/アイオワ州ダベンポート/ジョン・オドネル・スタジアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王者。

ビッグ・タイム・レスリング(ミッド=パシフィック・プロモーションズ)

 昭和48(1973)年9月26日(水曜日)
 米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・インターナショナル・センター・アリーナ
□NWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第22代王者B・ロビンソンが王座防衛に成功する。

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和48(1973)年9月29日(土曜日)
 米国/ウィスコンシン州ミルウォーキー/ミルウォーキー・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王者。

 昭和48(1973)年11月1日(木曜日)
 米国/ミネソタ州ダルース/ダルース・アリーナ・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはNWA認定[ハワイ地区]ノースアメリカンヘビー級王者。

[昭和49(1974)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和49(1974)年1月24日(木曜日)
 米国/アイオワ州バーリントン/バーリントン・メモリアル・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(結果不明)ビル・ロビンソン

 昭和49(1974)年4月7日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(19分33秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和49(1974)年7月18日(木曜日)
 米国/ミネソタ州ダルース/ダルース・アリーナ・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはIWA認定世界ヘビー級王者。

 昭和49(1974)年7月27日(土曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※B・ロビンソンはIWA認定世界ヘビー級王者。

 昭和49(1974)年8月3日(土曜日)
 米国/ウィスコンシン州ミルウォーキー/ミルウォーキー・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはIWA認定世界ヘビー級王者。

[昭和50(1975)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和50(1975)年2月27日(木曜日)
 米国/コロラド州デンバー/デンバー・オーデトリアム・アリーナ
□シングルマッチ(3本勝負)
  ニック・ボックウィンクル(2-1)ビル・ロビンソン
   ③ボックウィンクル(反則勝ち)ロビンソン

 昭和50(1975)年3月21日(金曜日)
 米国/コロラド州デンバー/デンバー・オーデトリアム・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和50(1975)年3月25日(火曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和50(1975)年4月6日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和50(1975)年4月8日(火曜日)
 米国/イリノイ州モリーン/ウォートン・フィールド・ハウス
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和50(1975)年4月12日(土曜日)
 米国/ミネソタ州セントポール/セントポール・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和50(1975)年4月17日(木曜日)
 カナダ/マニトバ州ウィニペグ/ウィニペグ・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級王座挑戦者決定戦
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンが6月12日に同所でバーン・ガニアの保持するAWA認定世界ヘビー級王座への挑戦権を獲得する。

 昭和50(1975)年4月26日(土曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル

 昭和50(1975)年5月14日(水曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□シングルマッチ(時間無制限)
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年5月16日(金曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年5月18日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年8月13日(水曜日)
 米国/イリノイ州ペキン/会場名不明
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和50(1975)年11月13日(木曜日)
 カナダ/マニトバ州ウィニペグ/ウィニペグ・アリーナ
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※N・ボックウィンクルはAWA認定世界ヘビー級王者で、B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

[昭和52(1977)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和52(1977)年1月16日(日曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第28代王者N・ボックウィンクルがルールにより王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年6月4日(土曜日)
 カナダ/ウィスコンシン州ミルウォーキー/MECCA・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(16分26秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※N・ボックウィンクルはAWA認定世界ヘビー級王者で、B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年6月24日(金曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分勝負)
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年7月8日(金曜日)
 米国/コロラド州デンバー/デンバー・オーデトリアム・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分勝負)
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年7月23日(土曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□シングルマッチ
  ビル・ロビンソン(23分10秒、勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※N・ボックウィンクルはAWA認定世界ヘビー級王者で、B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年8月6日(土曜日)
 カナダ/ウィスコンシン州ミルウォーキー/MECCA・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分勝負)
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年8月10日(水曜日)
 米国/アイオワ州ダベンポート/パルマー・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(カウントアウト)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年8月13日(土曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分勝負)
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年8月26日(金曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(カウントアウト)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年9月14日(水曜日)
 米国/イリノイ州ペオリア/会場名不明
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年9月17日(土曜日)
 カナダ/ウィスコンシン州ミルウォーキー/MECCA・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(両者カウントアウト)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年10月1日(土曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第28代王者N・ボックウィンクルがルールにより王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年10月2日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年10月6日(木曜日)
 カナダ/マニトバ州ウィニペグ/ウィニペグ・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合(60分勝負)
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年10月15日(土曜日)
 米国/イリノイ州シカゴ/インターナショナル・アンフィシアター
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年11月7日(月曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(24分2秒、反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年11月9日(水曜日)
 米国/アイオワ州ダベンポート/パルマー・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年12月29日(木曜日)
 米国/コロラド州デンバー/デンバー・オーデトリアム・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

[昭和53(1978)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和53(1978)年1月11日(水曜日)
 米国/アイオワ州ダベンポート/パルマー・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和53(1978)年1月14日(土曜日)
 米国/イリノイ州シカゴ/インターナショナル・アンフィシアター
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和53(1978)年2月3日(金曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(27分8秒、勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和53(1978)年4月23日(日曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(22分45秒、レフェリー・ストップ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

 昭和53(1978)年4月29日(土曜日)
 米国/イリノイ州シカゴ/インターナショナル・アンフィシアター
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

 昭和53(1978)年5月12日(金曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

 昭和53(1978)年5月13日(土曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(27分19秒、勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

 昭和53(1978)年11月19日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州ベローイト/ペトーイト・メモリアル・ハイスクール・ジムナジアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第28代王者N・ボックウィンクルがルールにより王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和53(1978)年12月27日(水曜日)
 米国/アイオワ州ダベンポート/パルマー・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第28代王者N・ボックウィンクルがルールにより王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

[昭和54(1979)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和54(1979)年1月7日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和54(1979)年1月12日(金曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合/ノーDQマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和54(1979)年1月28日(日曜日)
 米国/ミネソタ州ミネアポリス/ミネアポリス・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(両者カウントアウト)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和54(1979)年2月1日(木曜日)
 カナダ/マニトバ州ウィニペグ/ウィニペグ・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(両者カウントアウト)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和54(1979)年2月24日(土曜日)
 カナダ/ウィスコンシン州ミルウォーキー/MECCA・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(27分15秒、両者カウントアウト)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

メープル・リーフ・レスリング

 昭和54(1979)年3月4日(日曜日)
 カナダ/オンタリオ州トロント/メープル・リーフ・ガーデン
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(20分18秒、勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和54(1979)年5月7日(月曜日)
 米国/イリノイ州ペオリア/会場名不明
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(反則勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第28代王者N・ボックウィンクルがルールにより王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和54(1979)年7月7日(土曜日)
 米国/ネブラスカ州オマハ/オマハ・シビック・オーデトリアム
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

 昭和54(1979)年7月21日(土曜日)
 米国/イリノイ州シカゴ/インターナショナル・アンフィシアター
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第28代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。B・ロビンソンはAWA認定大英帝国ヘビー級王者。

[昭和55(1980)年]

コンチネンタル・レスリング・アソーシエーション(CWA)

 昭和55(1980)年8月18日(月曜日)
 米国/テネシー州メンフィス/ミッドサウス・コロシアム
□CWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ビル・ロビンソン(勝ち)ニック・ボックウィンクル
   ※第6代王者B・ロビンソンが王座防衛に成功する。

’80世界最強タッグ決定リーグ戦(全日本プロレス)

 昭和55(1980)年12月11日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)、レフェリー:タイガー服部
  ビル・ロビンソン(時間切れ)ニック・ボックウィンクル
   ※B・ロビンソンはCWA認定世界ヘビー級王者。

[昭和56(1981)年]

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和56(1981)年1月3日(土曜日)
 米国/イリノイ州シカゴ/インターナショナル・アンフィシアター
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※B・ロビンソンはCWA認定世界ヘビー級王者。

 昭和56(1981)年8月16日(日曜日)
 米国/ウィスコンシン州アシュウォーベノン/ブラウン・カウンティ・ベテランズ・メモリアル・アリーナ
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(15分32秒、反則勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第30代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

 昭和56(1981)年11月21日(土曜日)
 米国/イリノイ州シカゴ/インターナショナル・アンフィシアター
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン
   ※第30代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

 昭和56(1981)年12月25日(金曜日)
 米国/ミネソタ州セントポール/セントポール・シビック・センター
□AWA認定世界ヘビー級選手権試合(1本勝負)、レフェリー:ラリー・リソワスキー
  ニック・ボックウィンクル(21分0秒、体固め)ビル・ロビンソン
   ※第30代王者N・ボックウィンクルが王座防衛に成功する。

[昭和59(1984)年]

インターナショナル・レスリング

 昭和59(1984)年3月12日(月曜日)
 カナダ/ケベック州モントリオール/モントリオール・フォーラム
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(12分1秒、勝ち)ビル・ロビンソン

アメリカン・レスリング・アソーシエーション(AWA)

 昭和59(1984)年4月1日(日曜日)
 米国/イリノイ州ローズモント/ローズモント・ホライズン
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(12分30秒、反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和59(1984)年5月27日(日曜日)
 米国/イリノイ州ロックフォード/ボイラン・カソリック・ハイスクール
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(14分21秒、反則勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和59(1984)年6月20日(水曜日)
 米国/ネバダ州ラスベガス/ショーボート・スポーツ・パビリオン
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン

 昭和59(1984)年6月21日(木曜日)
 米国/ユタ州ソルトレイクシティ/ソルト・パレス
□シングルマッチ
  ニック・ボックウィンクル(勝ち)ビル・ロビンソン

[平成4(1992)年]

旗揚げ1周年記念興行(UWFインターナショナル)

 平成4(1992)年5月8日(金曜日)
 神奈川県横浜市/横浜アリーナ
□スペシャルエキシビションマッチ(10分1本勝負)、レフェリー:和田良覚
  ニック・ボックウィンクル(時間切れ)ビル・ロビンソン

 昭和59(1984)年6月21日、ユタ州ソルトレイクシティの地で、米国における両雄の最後の対戦が実現しました。この記念すべき一戦で、ニック・ボックウィンクルは見事な勝利を収め、米国での激闘の歴史にひとつの終止符を打ちました。

 しかし、二人の絆はそれだけでは終わりませんでした。その8年後、日本において伝説の続きが描かれます。横浜アリーナで開催されたUWFインターナショナルの「旗揚げ1周年記念興行」のリングに、再び両者が並び立ったのです。和田良覚レフェリーが見守る中で行われた10分間のエキシビションマッチは、往年のファンを魅了し、あまりの濃密さに誰もが「あっという間」と感じる奇跡の時間となりました。

 名勝負を繰り広げた両者の通算対戦成績を振り返ると、その希有なライバル関係が数字からも浮き彫りになります。

 昭和50年11月13日までの前半戦では52回対戦し、ビル・ロビンソンの32勝(7つの反則勝ちを含む)12敗(9つの反則負けを含む)1分け1無効試合6結果不明と、ロビンソンが大きく勝ち越していました。しかし、その後の後半戦では48回対戦し、ロビンソンの8勝(5つの反則勝ちを含む)26敗(8つの反則負けを含む)14分けと、ボックウィンクルが猛烈な巻き返しを見せています。
 これらを通算すると、両者は実に見事100回もの対戦を重ねたことになります。その全戦績は、ロビンソンの40勝(12の反則勝ちを含む)38敗(17の反則負けを含む)15分け1無効試合6結果不明。まさに互角のデッドヒートですが、ここで「勝敗が反則以外で着いた結果」のみを純粋に抽出すると、ロビンソンの28勝21敗となります。

 反則決着の多さすらも、お互いの意地と技術が限界までぶつかり合っていた証拠と言えるでしょう。日米のマット史に燦然と輝く、至高のライバルストーリーです。

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