小林邦昭(1956年1月生まれ)は、昭和48(1973)年1月20日に福岡県水巻町で行われた試合にて、藤波辰巳とコンビを組み、ハンディキャップマッチで山本小鉄と対戦してデビューを飾りました。一方、2学年下の佐山聡(1957年11月生まれ)は、昭和51年5月28日に後楽園ホールで魁勝司を相手にデビュー戦を行なっています。
新日本プロレスの生え抜き若手として頭角を現した両者が、初めてシングルマッチで対戦したのは、佐山にとってデビュー以来8戦目に当たる試合でした。両者のシングルマッチはたびたび組まれ、先輩の小林が壁となって立ちはだかる中、佐山が対小林27戦目で待望の初勝利を挙げます。その後、昭和53年5月17日まで両者の試合は通算70回も行われ、対戦成績は小林の46勝6敗18分けという熾烈な記録が残されました。この前座戦線での果てしない出世競争を経て、後輩の佐山が一足早く海外遠征に出ることとなります。
[昭和51(1976)年]
ゴールデン・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)
昭和51(1976)年6月11日(金曜日)、岩手県宮古市/旧みやこボウル裏
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分36秒、首固め)佐山サトル
昭和51(1976)年6月14日(月曜日)、宮城県石巻市/フルーツジャンボ前広場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分25秒、体固め)佐山サトル
アジア・リーグ戦(新日本プロレス)
昭和51(1976)年7月18日(日曜日)、香川県土庄町/土庄東港
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(9分59秒、体固め)佐山サトル
昭和51(1976)年7月21日(水曜日)、岐阜県高山市/飛騨体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分32秒、首固め)佐山サトル
昭和51(1976)年7月25日(日曜日)、熊本県八代市/八代魚市場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(9分18秒、首固め)佐山サトル
昭和51(1976)年8月3日(火曜日)、青森県青森市/青森県総合運動場体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(10分33秒、首固め)佐山サトル
闘魂シリーズ(新日本プロレス)
昭和51(1976)年8月27日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(8分19秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年9月5日(日曜日)、埼玉県鴻巣市/鴻巣公園
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(10分38秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年9月15日(水曜日、祝日)、秋田県十文字町/十文字町立町民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分55秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年9月19日(日曜日)、青森県むつ市/むつ市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(10分59秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年9月26日(日曜日)、青森県五所川原市/五所川原市北斗グラウンド
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分23秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年10月1日(金曜日)、愛知県西尾市/西尾市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(10分12秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年10月6日(水曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(7分59秒、首固め)佐山聡
闘魂シリーズ第2弾(新日本プロレス)
昭和51(1976)年11月4日(木曜日)、長野県上田市/上田市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(9分48秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年11月7日(日曜日)、大阪府松原市/松原市役所横
□シングルマッチ(20分1本勝負)
小林邦昭(12分47秒、体固め)佐山聡
昭和51(1976)年11月8日(月曜日)、愛知県半田市/半田市民ホール
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分46秒、逆さ押さえ込み)佐山聡
昭和51(1976)年11月21日(日曜日)、長崎県大村市/大村市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
小林邦昭(12分9秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年12月4日(土曜日)、神奈川県箱根町/箱根小涌園グリーンパレス
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分4秒、首固め)佐山聡
昭和51(1976)年12月9日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(6分42秒、逆さ押さえ込み)佐山聡
[昭和52(1977)年]
新春黄金シリーズ(新日本プロレス)
昭和52(1977)年1月8日(土曜日)、千葉県東金市/東金市立東金中学校体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分7秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年1月12日(水曜日)、滋賀県大津市/滋賀県立体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分7秒、ラクダ固め)佐山聡
昭和52(1977)年1月18日(火曜日)、熊本県人吉市/人吉市文化センター
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分58秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年1月22日(土曜日)、山口県徳山市/徳山市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分11秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年1月26日(水曜日)、徳島県徳島市/徳島市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分8秒、逆さ押さえ込み)佐山聡
昭和52(1977)年1月29日(土曜日)、愛知県刈谷市/刈谷市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分13秒、ラクダ固め)佐山聡
昭和52(1977)年2月1日(火曜日)、岐阜県岐阜市/岐阜市民センター
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(13分33秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年2月2日(水曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分4秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年2月6日(日曜日)、岩手県久慈市/久慈市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
佐山聡(11分1秒、裸絞め)小林邦昭
第4回ワールド・リーグ戦(新日本プロレス)
昭和52(1977)年3月4日(金曜日)、群馬県高崎市/高崎市中央体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分48秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年3月10日(木曜日)、愛知県江南市/江南市民体育会館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分29秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年3月15日(火曜日)、愛知県豊田市/豊田市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(10分53秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年3月22日(火曜日)、秋田県能代市/厚生年金能代市体育館(能代市民体育館)
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(13分27秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年4月1日(金曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分59秒、逆片エビ固め)佐山聡
ゴールデン・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)
昭和52(1977)年4月25日(月曜日)、和歌山県御坊市/御坊市立体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(10分43秒、片エビ固め)佐山聡
昭和52(1977)年5月1日(日曜日)、沖縄県石垣市/新栄町船着場広場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分26秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年5月7日(土曜日)、佐賀県唐津市/唐津市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年5月10日(火曜日)、熊本県多良木町/旧熊本県立多良木高等学校跡
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(7分36秒、体固め)佐山聡
昭和52(1977)年5月13日(金曜日)、石川県小松市/小松市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(12分21秒、体固め)佐山聡
昭和52(1977)年5月15日(日曜日)、新潟県村上市/国民年金村上市民会館体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年5月17日(火曜日)、岩手県北上市/北上家畜市場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(13分16秒、逆片エビ固め)佐山聡
昭和52(1977)年5月22日(日曜日)、群馬県群馬町/群馬町中央公民館・社会福祉センター横広場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
佐山聡(9分4秒、腕固め)小林邦昭
昭和52(1977)年5月24日(火曜日)、群馬県藤岡市/藤岡市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分44秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年5月29日(日曜日)、大阪府吹田市/日本万国博覧会記念公園お祭り広場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年6月1日(水曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
アジア・チャンピオン・シリーズ(新日本プロレス)
昭和52(1977)年6月28日(火曜日)、鳥取県倉吉市/鳥取県中央体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年7月2日(土曜日)、静岡県伊東市/伊東青果市場
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分14秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年7月5日(火曜日)、長野県飯山市/飯山市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年7月12日(火曜日)、青森県黒石市/黒石市中央スポーツ館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分46秒、逆エビ固め)佐山聡
昭和52(1977)年7月16日(土曜日)、北海道旭川市/旭川市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年7月21日(木曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和52(1977)年7月26日(火曜日)、神奈川県横須賀市/三笠公園
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
闘魂シリーズ(新日本プロレス)
昭和52(1977)年8月26日(金曜日)、群馬県桐生市/桐生市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分30秒、首固め)佐山聡
昭和52(1977)年8月28日(日曜日)、東京都大田区/田園コロシアム
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
[昭和53(1978)年]
新春黄金シリーズ(新日本プロレス)
昭和53(1978)年1月6日(金曜日)、神奈川県川崎市/川崎市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分24秒、逆十字固め)佐山聡
昭和53(1978)年1月9日(月曜日)、茨城県日立市/日立市民運動公園中央体育館(池の川体育館)
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年1月18日(水曜日)、熊本県本渡市/本渡市民センター体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年1月21日(土曜日)、鹿児島県枕崎市/枕崎市立総合体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(14分19秒、逆十字固め)佐山聡
昭和53(1978)年1月23日(月曜日)、大分県大分市/大分県営体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年1月27日(金曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年1月31日(火曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年2月4日(土曜日)、北海道函館市/函館市民体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(13分56秒、逆十字固め)佐山聡
昭和53(1978)年2月8日(水曜日)、東京都千代田区/日本武道館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)
昭和53(1978)年3月5日(日曜日)、栃木県足利市/足利工業大学附属月見ケ丘高等学校体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(11分23秒、回転エビ固め)佐山聡
昭和53(1978)年3月10日(金曜日)、福島県郡山市/郡山総合体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
佐山聡(11分17秒、首固め)小林邦昭
昭和53(1978)年3月17日(金曜日)、岐阜県大垣市/大垣市スポーツセンター
□シングルマッチ(15分1本勝負)
佐山聡(13分51秒、逆さ押さえ込み)小林邦昭
昭和53(1978)年3月21日(火曜日、祝日)、三重県津市/津市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
佐山聡(13分12秒、エビ固め)小林邦昭
昭和53(1978)年3月24日(金曜日)、和歌山県和歌山市/和歌山県立体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
佐山聡(12分20秒、エビ固め)小林邦昭
第1回MSGシリーズ(新日本プロレス)
昭和53(1978)年4月25日(火曜日)、東京都大田区/大田区体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年4月28日(金曜日)、徳島県徳島市/徳島市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
小林邦昭(時間切れ)佐山聡
昭和53(1978)年5月17日(水曜日)、栃木県宇都宮市/栃木県体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
小林邦昭(15分57秒、首固め)佐山聡
小林邦昭よりも一足先に海外へと羽ばたいた佐山聡は、昭和53年6月から昭和55年9月までの期間、メキシコのマット界で「サトル・サヤマ」として闘いに身を投じます。続いて昭和55年10月から翌年4月にかけては、英国へ渡り「サミー・リー」のリングネームで大活躍を果たしました。
現地で瞬く間にトップスターへと登りつめた佐山でしたが、そんな彼に突如、本国からの帰国命令が下ります。漫画から飛び出した正義のヒーロー「タイガー・マスク」へと変身を遂げた佐山は、昭和56年4月23日、蔵前国技館でダイナマイト・キッドを相手に衝撃のデビュー戦を行いました。
一方の小林邦昭は、佐山に遅れること2年、昭和55年6月にメキシコへと旅立ちます。そして昭和57年9月まで、メキシコマットでは「クニアキ・コバヤシ」として、さらに米国ロサンゼルス地区のマットでは「キッド・コビー」の名で活躍を続けました。特にロサンゼルス地区での勢いは凄まじく、遂にはNWA認定アメリカスヘビー級王座のベルトを腰に巻くまでに上り詰めたのです。
こうして確かな実績を引っ提げて日本へ帰国した小林を待ち受けていたのは、一足先に日本中を空前の大ブームへと巻き込んでいた、あのタイガー・マスクでした。若き日のライバルの変貌を目の当たりにした小林は、そのマスクを容赦なく引き破る「虎ハンター」へと変身。こうして2人は、新日本プロレスの歴史に黄金期を築く伝説の抗争へと、再び火花を散らすことになったのです。
[昭和57(1982)年]
闘魂シリーズ(新日本プロレス)
昭和57(1982)年10月26日(火曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□WWF認定ジュニアヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
タイガー・マスク(16分57秒、反則勝ち)小林邦昭
※第9代王者T・マスクが9度目の防衛に成功する。T・マスクの保持するNWA認定世界ジュニアヘビー級王座は賭けられていない。
昭和57(1982)年11月4日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□NWA認定世界&WWF認定ジュニアヘビー級選手権試合(60分1本勝負)
タイガー・マスク(13分40秒、反則勝ち)小林邦昭
レフェリー:柴田勝久
※T・マスクがNWA王座(第34代)の初防衛及びWWF王座(第9代)の10度目の防衛に成功する。
[昭和58(1983)年]
新春黄金シリーズ(新日本プロレス)
昭和58(1983)年1月6日(木曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□NWA認定世界ジュニアヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:山本小鉄
タイガー・マスク(23分10秒、リングアウト)小林邦昭
※第34代王者T・マスクが2度目の防衛に成功する。T・マスクの保持するWWF認定ジュニアヘビー級王座は賭けられていない。
昭和58(1983)年2月8日(火曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□WWF認定ジュニアヘビー級選手権試合(60分1本勝負)
タイガー・マスク(16分50秒、エビ固め)小林邦昭
※第9代王者T・マスクが16度目の防衛に成功する。T・マスクの保持するNWA認定世界ジュニアヘビー級王座は賭けられていない。
ブラディ・ファイト・シリーズ第2弾(新日本プロレス)
昭和58(1983)年4月15日(金曜日)、広島県福山市/福山市体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
タイガー・マスク(15分45秒、反則勝ち)小林邦昭
IWGP決勝リーグ(新日本プロレス)
昭和58(1983)年6月2日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□NWA認定世界ジュニアヘビー級王座決定戦(60分1本勝負)、レフェリー:山本小鉄
タイガー・マスク(18分6秒、エビ固め)小林邦昭
※T・マスクが第35代王者となる。
サマー・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)
昭和58(1983)年7月14日(木曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島体育センター別館
□WWF認定ジュニアヘビー級選手権試合(60分1本勝負)
タイガー・マスク(16分52秒、反則勝ち)小林邦昭
※第9代王者T・マスクが初防衛に成功する。
タイガー・マスクに変身した佐山聡と、「虎ハンター」となった小林邦昭の激闘は、昭和のプロレス界を代表するゴールデンカードとなり、多くのファンが彼らの魂のぶつかり合いに熱狂しました。帰国後の両者によるシングルマッチは、昭和58年7月までに7回行われ、毎回手の内を知り尽くした者同士の妥協なき名勝負を展開します。しかし、日本中がさらなる熱狂を求めていた昭和58年8月、佐山が突如として電撃引退を発表したことで、2人の対戦は突如としてストップしてしまいました。その後、佐山はUWFへの参加を経て独自の「格闘技」の道を追求し始め、新日本プロレスに残った小林とは全く異なるプロレス人生を歩むことになります。
しかし、2人が刻んだ激闘の絆は、時を経ても決して色褪せることはありませんでした。
引退発表から12年の歳月が流れた平成7年12月30日、大阪城ホールで開催された「イノキ・フェスティバル」にて、両者の奇跡的な再戦が実現します。スペシャルドリームマッチとして組まれたこの一戦は、互いの意地が火花を散らす3分5ラウンドの闘いの末、時間切れ引き分けに終わりました。
さらにその2年後となる平成9年6月5日、佐山は新日本プロレス・日本武道館のマットに「タイガー・キング」という新たなリングネームで登場。因縁の小林と再びシングルマッチで対峙し、見事な原爆固めで勝利を収め、往年のファンを歓喜させました。同年の9月21日には、後楽園ホールで行われたカール・ゴッチ追悼興行(リアルジャパンプロレス)にて、佐山が「初代タイガー・マスク」として小林と対戦し、技ありの回転エビ固めで勝利を挙げています。
時を超えてなお交錯し続ける2人のドラマは、21世紀になっても続きました。平成23年、往年のレジェンドたちが集うプロレス団体レジェンド・ザ・プロレスリングのリングにて、両者は年間で2回に及ぶ対戦を行いました。5月の大阪大会では小林の反則により一度はタイガーの勝利となるも、直後に行われた再試合で小林が意地のリングアウト勝ちを奪い返します。そして9月の名古屋大会では、タイガーが執念の逆さ押さえ込みで勝利を飾りました。
[平成7(1995)年]
突然卍固め~INOKI FESTIVAL~(新日本プロレス)
平成7(1995)年12月30日(土曜日)、大阪府大阪市/大阪城国際文化スポーツホール
□スペシャルドリームマッチ(3分5ラウンド)
タイガー・マスク(時間切れ)小林邦昭
[平成9(1997)年]
ベスト・オブ・ザ・スーパー・ジュニアⅣ(新日本プロレス)
平成9(1997)年6月5日(木曜日)、東京都千代田区/日本武道館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
タイガー・キング(12分1秒、原爆固め)小林邦昭
ストロングスタイル~カール・ゴッチ追悼興行~(リアルジャパンプロレス)
平成9(1997)年9月21日(日曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ユセフ・トルコ
初代タイガー・マスク(11分21秒、回転エビ固め)小林邦昭
[平成23(2011)年]
LEGEND THE PRO-WRESTLING、東日本大震災復興支援チャリティー大会(レジェンド・ザ・プロレスリング)
平成23(2011)年5月7日(土曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館第2競技場
□シングルマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:田山正雄
初代タイガー・マスク(4分22秒、反則勝ち)小林邦昭
□シングルマッチ/再試合(45分1本勝負)、レフェリー:田山正雄
小林邦昭(3分39秒、リングアウト)初代タイガー・マスク
LEGEND THE PRO-WRESTLING(レジェンド・ザ・プロレスリング)
平成23(2011)年9月23日(金曜日、祝日)、愛知県名古屋市/名古屋国際会議場イベントホール
□シングルマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:田山正雄
初代タイガー・マスク(8分48秒、逆さ押さえ込み)小林邦昭
新日本プロレスの前座戦線における、あの泥臭くも濃密な「70戦」の群像劇から始まった2人の旅路は、形を変え、時代を超え、日本のプロレス史そのものを牽引する巨大なうねりへと進化を遂げました。
初代タイガー・マスクが巻き起こした空前の社会現象と、それを正面から受け止めた「虎ハンター」小林邦昭の意地。佐山の電撃引退によって2人の歩む道は一度は完全に袂を分かったものの、マット界に刻まれた激闘の遺伝子は決して絶えることはありませんでした。平成、そして21世紀のリングで奇跡のように再会を果たしたその姿は、単なる懐古主義的なエキシビションではなく、互いの人生を全うした男たちにしか表現できない究極の「作品」だったと言えます。
これほどまでに長きにわたり、ファンに夢と熱狂を与え続けた不滅のライバル関係が他にあるでしょうか。佐山聡と小林邦昭。2人の希代の表現者が織りなした果てなき闘いの系譜は、昭和プロレスが遺した至高の財産として、これからもファンの胸の中で永遠に色褪せることはありません。