昭和47(1972)年10月22日(日曜日)、東京都墨田区/日本大学講堂
□世界ヘビー級王座争奪第1戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(1-1)ブルーノ・サンマルチノ
①サンマルチノ(19分42秒、エビ固め)馬場
②馬場(8分18秒、体固め)サンマルチノ
③馬場(3分15秒、同時フォール)サンマルチノ
※G馬場が争奪戦を1戦1分とする。
昭和47(1972)年10月30日(月曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□世界ヘビー級王座争奪第2戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(2-1)テリー・ファンク
①ファンク(19分15秒、揺りイス固め)馬場(ギブアップ)
②馬場(4分24秒、アバラ折り)ファンク
③馬場(5分0秒、体固め)ファンク
※G馬場が争奪戦を2戦1勝1分とする。
昭和47(1972)年12月6日(水曜日)、山形県米沢市/米沢市営体育館
□世界ヘビー級王座争奪第3戦(60分3本勝負)、レフェリー:ジョー樋口
ジャイアント馬場(2-1)アブドーラ・ザ・ブッチャー
①馬場(10分7秒、反則勝ち)ブッチャー
②ブッチャー(1分5秒、体固め)馬場
③馬場(2分31秒、体固め)ブッチャー
※G馬場が争奪戦を3戦2勝1分とする。
昭和47(1972)年12月19日(火曜日)、新潟県新潟市/新潟市体育館
□世界ヘビー級王座争奪第4戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(2-1)ザ・デストロイヤー
①馬場(18分29秒、体固め)デストロイヤー
②デストロイヤー(3分43秒、足4の字固め)馬場
③馬場(11分40秒、リングアウト)デストロイヤー
※G馬場が争奪戦を4戦3勝1分とする。ザ・デストロイヤーはユナイテッドステーツヘビー級王者。
昭和48(1973)年1月6日(土曜日)、岐阜県岐阜市/岐阜市民センター
□世界ヘビー級王座争奪第5戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(1-1)ウィルバー・スナイダー
①馬場(9分58秒、体固め)スナイダー
②スナイダー(2分46秒、体固め)馬場
③馬場(2分7秒、両者リングアウト)スナイダー
※G馬場が争奪戦を5戦3勝2分とする。
昭和48(1973)年1月11日(木曜日)、熊本県熊本市/熊本市体育館
□世界ヘビー級王座争奪第6戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(2-1)ウィルバー・スナイダー
①スナイダー(15分56秒、回転エビ固め)馬場
②馬場(5分38秒、体固め)スナイダー
③馬場(4分55秒、体固め)スナイダー
※G馬場が争奪戦を6戦4勝2分とする。
昭和48(1973)年1月24日(水曜日)、東京都墨田区/日本大学講堂
□世界ヘビー級王座争奪第7戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(2-1)ドン・レオ・ジョナサン
①ジョナサン(4分14秒、体固め)馬場
②馬場(4分24秒、体固め)ジョナサン
③馬場(0分45秒、体固め)ジョナサン
※G馬場が争奪戦を7戦5勝2分とする。
昭和48(1973)年2月15日(木曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島スポーツセンター
□世界ヘビー級王座争奪第8戦(時間無制限1本勝負)
ジャイアント馬場(25分52秒、体固め)ブルーノ・サンマルチノ
※G馬場が争奪戦を8戦6勝2分とする。
昭和48(1973)年2月20日(火曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□世界ヘビー級王座争奪第9戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(2-1)パット・オコーナー
①オコーナー(20分15秒、回転エビ固め)馬場
②馬場(6分27秒、体固め)オコーナー
③馬場(2分26秒、体固め)オコーナー
※G馬場が争奪戦を9戦7勝2分とする。
昭和48(1973)年2月27日(火曜日)、東京都墨田区/日本大学講堂
□世界ヘビー級王座争奪第10戦(60分3本勝負)
ジャイアント馬場(2-1)ボボ・ブラジル
①ブラジル(17分19秒、体固め)馬場
②馬場(6分7秒、体固め)ブラジル
③馬場(1分35秒、体固め)ブラジル
※G馬場が争奪戦を10戦8勝2分とし、力道山ゆかりの世界ヘビー級王座のベルトを獲得することとなる。
昭和48(1973)年3月16日(金曜日)
□ジャイアント馬場がPWF(パシフィック・レスリング・フェデレーション、太平洋沿岸レスリング同盟)の初代世界ヘビー級王者に認定される。