テリー・ファンク 対 グレート小鹿

 昭和のプロレス黄金期において、日米のマット界を大いに沸かせた2人の名レスラーがいます。「テキサスの荒馬」として日本でも絶大な人気を誇ったテリー・ファンクと、極道コンビなどで泥臭くも強烈な存在感を放ったグレート小鹿です。グレート小鹿の第1回海外遠征は、昭和42年10月から約3年間に及ぶ長期のものでした。その足跡はテネシー、ジョージア、フロリダ、デトロイト、セントラルステーツ、モントリオール、そしてロサンゼルス地区と、米国の広大なテリトリーを網羅する広範なものでした。

 小鹿が初めてテリー・ファンクと対戦したのは、この米国転戦が始まって2年ほどが経過したときです。ロサンゼルス地区のベーカーズフィールドで行われた初対戦では、テリーが勝利を収めました。昭和45年9月に小鹿が帰国した後、同年の年末に開催された「ワールド・チャンピオン・シリーズ」へ、テリーは兄のドリー・ファンク・ジュニアとともに来日します。このシリーズ中に小鹿はテリーと2度にわたりシングルマッチで激突したものの、いずれもテリーの勝利に終わりました。

 昭和48年4月に日本プロレスが解散すると、日本テレビ所属となった小鹿は全日本プロレスへと主戦場を移します。同年の9月、小鹿は「カン・フー・リー」のリングネームで2度目の海外遠征へと出発しました。テキサス西部(アマリロ)地区で大スターとなった小鹿は、翌年6月からはテキサス東部(ダラス)地区にも進出し、「カン・フー・コジカ」や「ミスター・カン・フー」の名でマットを席巻します。

 このテキサス西部地区において、テリー・ファンクとの再戦は13回にも及びました。昭和48年10月17日、NWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者であったテリーに挑戦した小鹿は反則負けを喫します。しかし、その翌日にアマリロで行われた再戦で見事にテリーを破り、新王座に就く快挙を果たしました。ただ、この一戦は小鹿の激しい反則攻撃が物議を醸し、王座はコミッショナー預かりとなります。1週間後、同所で王座決定戦として行われたテキサスデスマッチでテリーが勝利し、再び王座を奪還しました。その後も小鹿はテリーの首を狙い何度も戦いを挑みましたが、ついに勝利を挙げることはできませんでした。

 帰国後、全日本プロレスのマットで活躍を続けた小鹿は、来日したテリーと3回にわたりシングルマッチで対戦したものの、厚い壁を崩すことは叶いませんでした。昭和55年4月3日に行われた一戦を最後に、両者がシングルマッチで肌を合わせることはなくなります。その後もテリーはたびたび来日したものの、昭和56年から59年にかけては毎年1回、タッグマッチでの対戦へと舞台を変えました。これらはすべて「ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク対グレート小鹿&大熊元司」という、ファンク兄弟と極道コンビの伝統の一戦であり、いずれもファンク兄弟が勝利を収めています。

 時は流れ、平成6年暮れに小鹿は大日本プロレスを旗揚げします。同団体が平成13年12月2日に横浜アリーナで開催した大舞台において、「カン・フー・リー&ミル・マスカラス対テリー・ファンク&テリー・ボーイ」という記念碑的なタッグマッチが組まれました。これが、長きにわたる両者の最後の激突となりました。

[昭和44(1969)年]

NWAハリウッド・レスリング

 昭和44(1969)年10月2日(木曜日)
 米国/カリフォルニア州ベーカーズフィールド/ストレリッチ・スタジアム
□シングルマッチ
  テリー・ファンク(19分2秒、勝ち)グレート小鹿

[昭和46(1971)年]

ワールド・チャンピオン・シリーズ(日本プロレス)

 昭和46(1971)年12月6日(月曜日)、茨城県水戸市/茨城県立スポーツセンター体育館(東町運動公園体育館)
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  テリー・ファンク(9分48秒、体固め)グレート小鹿

 昭和46(1971)年12月10日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  テリー・ファンク(14分29秒、逆さ押さえ込み)グレート小鹿

[昭和48(1973)年]

NWAウェスタン・ステーツ・スポーツ

 昭和48(1973)年10月17日(水曜日)
 米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□シングルマッチ
  テリー・ファンク(反則勝ち)カン・フー・リー
   ※T・ファンクはNWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者。

 昭和48(1973)年10月18日(木曜日)
 米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定ウェスタンステーツヘビー級選手権試合(3本勝負)、レフェリー:ジョージ・マッコーリー
  カン・フー・リー(2-1)テリー・ファンク
   ①ファンク(6分22秒、回転エビ固め)リー
   ②リー(6分8秒、胃袋掴み)ファンク
   ③リー(3分58秒、フォール勝ち)ファンク
   ※T・ファンクが王座防衛に失敗。K・F・リーが新王者になる。リーは試合後に王座を剥奪される。

 昭和48(1973)年10月19日(金曜日)
 米国/テキサス州アビレーン/テイラー・カウンティ・コロシアム
□シングルマッチ
  テリー・ファンク(結果不明)カン・フー・リー

 昭和48(1973)年10月25日(木曜日)
 米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定ウェスタンステーツヘビー級王座決定戦/テキサスデスマッチ
  テリー・ファンク(25分5秒、勝ち)カン・フー・リー
   ※T・ファンクが新王者となる。

 昭和48(1973)年10月26日(金曜日)
 米国/テキサス州アビレーン/テイラー・カウンティ・コロシアム
□テキサスデスマッチ
  テリー・ファンク(勝ち)カン・フー・リー
   ※T・ファンクはNWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者。

 昭和48(1973)年10月31日(水曜日)
 米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□テキサスデスマッチ
  テリー・ファンク(勝ち)カン・フー・リー
   ※T・ファンクはNWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者。

[昭和49(1974)年]

NWAウェスタン・ステーツ・スポーツ

 昭和49(1974)年2月1日(金曜日)
 米国/テキサス州アビレーン/テイラー・カウンティ・コロシアム
□NWA認定ウェスタンステーツヘビー級選手権試合
  テリー・ファンク(勝ち)カン・フー・リー
   ※T・ファンクが王座防衛に成功する。

 昭和49(1974)年2月17日(日曜日)
 米国/ニューメキシコ州クロビス/クロビス・スポーツ・アリーナ
□シングルマッチ
  テリー・ファンク(結果不明)カン・フー・リー
   ※T・ファンクはNWA認定ウェスタンステーツヘビー級王者。

 昭和49(1974)年2月25日(月曜日)
 米国/テキサス州シドニー/シドニー・ジムナジアム
□シングルマッチ
  テリー・ファンク(結果不明)カン・フー・リー

 昭和49(1974)年2月28日(木曜日)
 米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□テキサスデスマッチ
  テリー・ファンク(勝ち)カン・フー・リー

 昭和49(1974)年4月9日(火曜日)
 米国/テキサス州スタンフォード/スタンフォード・ハイスクール・ジムナジアム
□シングルマッチ
  テリー・ファンク(結果不明)カン・フー・リー

 昭和49(1974)年5月29日(水曜日)
 米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  テリー・ファンク(時間切れ)カン・フー・リー

 昭和49(1974)年6月1日(土曜日)
 米国/テキサス州ヒヤフォード/デフ・スミス・カウンティ・ブル・バーン
□テープトフィストvs空手・ノーDQマッチ
  テリー・ファンク(結果不明)カン・フー・リー

[昭和53(1978)年]

第1次サマー・アクション・シリーズ(全日本プロレス)

 昭和53(1978)年7月19日(水曜日)、北海道足寄町/足寄町役場前広場
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  テリー・ファンク(9分23秒、体固め)グレート小鹿

[昭和55(1980)年]

第8回チャンピオン・カーニバル(全日本プロレス)

 昭和55(1980)年4月2日(水曜日)、千葉県木更津市/木更津倉形スポーツ会館
□チャンピオン・カーニバル公式リーグ戦(30分1本勝負)
  テリー・ファンク(11分40秒、回転足首固め)グレート小鹿

 昭和55(1980)年4月3日(木曜日)、静岡県沼津市/沼津市民体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  テリー・ファンク(13分8秒、回転足首固め)グレート小鹿

 ロサンゼルスでの初対決から実に32年の歳月を経て、平成13年に横浜アリーナの舞台で実現した最後の激突は、まさに昭和プロレスのロマンを体現した瞬間でした。カン・フー・リーとしての原点に返った小鹿と、かつてテキサスで血で血を洗う抗争を展開したテリーが再び同じリングに立ったことは、オールドファンにとって涙なしには見られない奇跡的な光景だったと言えます。

 シングル戦績においてはテリーの壁を崩しきれなかった小鹿ですが、アマリロ地区でテリーからタイトルを奪取した実績は、日本人レスラーの海外遠征史における偉大な足跡として今も色褪せることはありません。

 時代が移り変わり、それぞれの道を歩んだ後も、リング上で火花を散らした熱い記憶は、昭和から平成のプロレス激闘史の貴重な1ページとして、これからも多くのファンの心に語り継がれていくことでしょう。

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