力道山とシングルマッチを行い、敗れ去った一人の来日外国人がいました。日本のファンは「力道山の強さがまた証明された」と歓喜し、そのレスラーのことは過去の存在になるはずでした。・・・しかし、話はここでは終わりません。なんとこの男、アメリカの本国テリトリーに戻るやいなや、「俺が日本でインター王者になった」と大嘘をつき、チャンピオンとして堂々と防衛戦を行っていたのです。ネットのない時代が生んだ、この大胆不敵な「ベルトでっち上げ事件」。力道山をコケにし、日米の情報の壁を逆手に取ったこの男の正体は、なんとあの・・・。
第2回ワールド大リーグ戦(昭和35年4月15日~5月13日)において、公式戦と並行して力道山が保持するNWA認定インターナショナルヘビー級王座への挑戦権争奪トーナメントが開催されました。全13選手によって争われた本トーナメントの全容は、次のようなものです。
昭和35年4月15日(金曜日)、東京都渋谷区/東京体育館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
グレート東郷(1R7分7秒、反則勝ち)スタン・リソワスキー
昭和35年4月16日(土曜日)、東京都渋谷区/東京体育館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
ダン・ミラー(2R1分49秒、体固め)ルー・キム
同日/同所
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
サニー・マイヤース(2R3分24秒、逆さ押さえ込み)吉村道明
昭和35年4月17日(日曜日)、東京都渋谷区/東京体育館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
ボブ・オートン(2R7分39秒、体固め)ハンス・ヘルマン
昭和35年4月20日(水曜日)、愛知県名古屋市/名古屋市金山体育館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
遠藤幸吉(2R4分14秒、反則勝ち)ホンブレ・モンタナ
昭和35年4月21日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
豊登(1R7分10秒、反則勝ち)ダン・ミラー
昭和35年4月23日(土曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント準決勝戦(8分3ラウンド1本勝負)
遠藤幸吉(2R6分18秒、反則勝ち)ボブ・オートン
昭和35年4月27日(水曜日)、福岡県福岡市/福岡スポーツセンター
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
サニー・マイヤース(2R3分51秒、反則勝ち)グレート東郷
昭和35年5月4日(水曜日)、山口県宇部市/渡辺翁記念会館(宇部市民館)
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
豊登(2R2分57秒、反則勝ち)フランク・バロア
昭和35年5月5日(木曜日、祝日)、兵庫県神戸市/神戸市立王子体育館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント(8分3ラウンド1本勝負)
豊登(1R4分50秒、反則勝ち)レオ・ノメリーニ
昭和35年5月11日(水曜日)、京都府京都市/京都市勧業館
□ワールドリーグ公式戦/インター王座挑戦者決定トーナメント準決勝戦(8分3ラウンド1本勝負)
サニー・マイヤース(3R2分10秒、反則勝ち)豊登
昭和35年5月13日(金曜日)、東京都渋谷区/東京体育館
□インターナショナル王座挑戦者決定トーナメント決勝戦(8分3ラウンド1本勝負)
サニー・マイヤース(2R1分33秒、体固め)遠藤幸吉
※S・マイヤースが優勝し、力道山の保持するインターナショナルヘビー級王座への挑戦権を獲得する。
トーナメントに優勝したサニー・マイヤースは、第2回ワールド大リーグ戦に引き続いて開催されたプロレス国際試合(昭和35年5月16日~7月9日)において、2度力道山の王座に挑戦しています。5月16日の東京体育館での試合は1-1の後に時間切れとなり、シリーズ最終戦である7月9日の田園コロシアムでは、3本目を反則勝ちで得た王者が王座防衛に成功しました。
昭和35年5月16日(月曜日)、東京都渋谷区/東京体育館
□NWA認定インターナショナルヘビー級選手権試合(61分3本勝負)
力道山(1-1)サニー・マイヤース
①マイヤース(2分8秒、体固め)力道山
②力道山(28分25秒、逆さ押さえ込み)マイヤース
③力道山(時間切れ)マイヤース
レフェリー:沖識名
※第2代王者力道山が7度目の防衛に成功する。
昭和35年7月9日(土曜日)、東京都大田区/田園コロシアム
□NWA認定インターナショナルヘビー級選手権試合(61分3本勝負)
力道山(2-1)サニー・マイヤース
①マイヤース(29分35秒、エビ固め)力道山
②力道山(4分24秒、体固め)マイヤース
③力道山(7分4秒、反則勝ち)マイヤース
メインレフェリー:ユセフ・トルコ、サブレフェリー:九州山
※第2代王者力道山が8度目の防衛に成功する。
12週間に及ぶ日本遠征を終えたマイヤースは、7月13日にハワイ州ホノルルでニック・コザックとシングルマッチを行い、その後、来日前に試合を行っていたアマリロ地区(テキサス西部地区)に戻っています。7月21日のアマリロ・スポーツ・アリーナからこの地区に再登場したマイヤースは、何とNWA認定インターナショナルヘビー級王座を名乗っているのです。しかも、この王座を日本で奪ってきたというのです。そして、この日からアマリロ版のインターナショナル王座の防衛戦が始まっています。
[ハワイ地区]
1960年7月13日(水曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
□シングルマッチ(時間無制限1本勝負)
ニック・コザック(20分55秒、リバースローリングクレイドル)サニー・マイヤース
[テキサス西部地区]
1960年7月21日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(60分3本勝負)
サニー・マイヤース(1-1)ドクター・X
③マイヤース(時間切れ)ドクター・X
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。ドクター・Xの正体はトミー・オトール。
1960年8月10日(水曜日)
米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
サニー・マイヤース(2-1)ドクター・X
③マイヤース(反則勝ち)ドクター・X
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。
1960年8月11日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合
サニー・マイヤース(勝ち)ドクター・X
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。
1960年9月1日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
サニー・マイヤース(1-1)ボブ・ガイゲル
③マイヤース(無効試合)ガイゲル
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。
1960年9月8日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合
サニー・マイヤース(勝ち)ボブ・ガイゲル
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。
1960年9月29日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(60分勝負)
サニー・マイヤース(時間切れ)パンチョ・ロペス
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。
1960年10月27日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
サニー・マイヤース(1-1)ニキタ・マルコビッチ
③マイヤース(両者カウントアウト)マルコビッチ
※初代S・マイヤースが王座防衛に成功する。
1960年11月10日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
ニキタ・マルコビッチ(2-1)サニー・マイヤース
※初代S・マイヤースが王座防衛に失敗。N・マルコビッチが第2代王者となる。
1961年2月16日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
ニキタ・マルコビッチ(2-1)タロー・ミヤキ
※第2代王者N・マルコビッチが王座防衛に成功する。
1961年3月2日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
ニキタ・マルコビッチ(2-0)ジ・アラスカン
①マルコビッチ(勝ち)アラスカン
②マルコビッチ(反則勝ち)アラスカン
※第2代王者N・マルコビッチが王座防衛に成功する。ジ・アラスカンはジェイ・ヨークのこと。
1961年3月8日(水曜日)
米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
ジ・アラスカン(2-1)ニキタ・マルコビッチ
※第2代王者N・マルコビッチが王座防衛に失敗。ジ・アラスカンが第3代王者となる。
1961年3月9日(木曜日)
米国/テキサス州アマリロ/アマリロ・スポーツ・アリーナ
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
ニキタ・マルコビッチ(2-1)ダニー・プレッチェス
※第2代王者N・マルコビッチが王座防衛に成功する。なぜかマルコビッチが王者として登場。
1961年3月22日(水曜日)
米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級選手権試合(3本勝負)
ダグ・リンゼイ(2-0)ジ・アラスカン
①リンゼイ(勝ち)アラスカン
②リンゼイ(反則勝ち)アラスカン
※第3代王者ジ・アラスカンが王座防衛に失敗。D・リンゼイが第4代王者となる。リンゼイはダグ・ギルバート(ザ・プロフェッショナル)のこと。
1961年3月29日(水曜日)
米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級&北米ヘビー級選手権試合(3本勝負)
ダグ・リンゼイ(1-1)ドリー・ファンク
③リンゼイ(時間切れ)ファンク
※第4代インターナショナル王者D・リンゼイと北米王者D・ファンク(・シニア)がともに王座防衛に成功する。
1961年4月5日(水曜日)
米国/テキサス州ルボック/フェア・パーク・コロシアム
□NWA認定[アマリロ地区]インターナショナルヘビー級&北米ヘビー級選手権試合(3本勝負)
ダグ・リンゼイ(2-0)ドリー・ファンク
②リンゼイ(勝ち)ファンク
③リンゼイ(反則勝ち)ファンク
※第4代インターナショナル王者D・リンゼイと北米王者D・ファンク(・シニア)がルールによりともに王座防衛に成功する。
この王座はマイヤースからニキタ・マルコビッチ、ジ・アラスカン(ジェイ・ヨーク)、ダグ・リンゼイ(ダグ・ギルバート)へと移動し、1961年4月の防衛戦を最後に消滅しています。同名の王座がこの地区で復活するのは1974年のことです。しかし、復活した王座も1981年1月に消滅し、アマリロのプロモーション自体もなくなってしまいました。
1981年から1982年にかけて、アマリロに縁の深いドリー・ファンク・ジュニアが、全日本プロレス版のNWA認定インターナショナルヘビー級王座、つまり力道山に由来する正当なインターナショナル王座を獲得します。ドリー・ファンク・ジュニアはインターナショナル王者の時期にアマリロ地区でも試合を行っていますが、同王座の防衛戦をこの地区で行った記録はありません。
今ほど日米間で情報のやり取りができなかった時代のことです。アメリカの各テリトリーで誰がどんな王座を保持しているのか、いや、どんな王座が存在しているのかすら分からなかったことでしょう。そして、新たに王座を創設することは各プロモーターの考えひとつです。マイヤースから日本で力道山に挑戦した話をプロモーターのドリー・ファンク・シニアが聞き、力道山からマイヤースが王座を奪ったことにして、インターナショナルヘビー級王座をこの地区に新たに創設しようと考えたのでしょうか。
のちにその息子のドリー・ファンク・ジュニアが力道山由来の正当な同名王座を獲得するのも不思議な因縁です。今「正当」という言葉を使いましたが、力道山がルー・テーズを破って同王座を獲得したのもフェイクであり、実際はノンタイトルマッチだったことが分かっています。そうすると「正当」という言葉を使うのも少しおかしいようにも思います。力道山もファンク・シニアと同様に、日本にインターナショナルヘビー級王座を創設したのでした。
コメント