力道山の新たな足跡を示す、未知の試合データが発掘されました。当時、ホノルルでは毎週日曜日に定期戦が行われており、力道山のハワイ戦績はそのすべてが解明されたと考えられていました。しかし、歴史にはまだ続きがあったのです。なんと4月16日の水曜日に臨時の「チャリティ興行」が開催され、そこに力道山が参戦していたことが判明。さらにその翌々日には、ハワイ島のヒロで行われた興行にも彼がマットに上がっていた事実が、新たなる歴史の1ページとして浮かび上がってきました。
1952(昭和27)年4月16日(水曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時
「チャリティ興行」
1)シングルマッチ(1本勝負)
アーマンド・タニー(6分33秒、反則勝ち)アール・ラスムッセン
2)シングルマッチ(30分1本勝負)
レッド・スコーピオン(11分8秒、フォール勝ち)沖識名
3)シングルマッチ(30分1本勝負)
ハンス・シュナーベル(時間切れ)バッド・カーティス
4)シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
力道山(1-1)アール・マクレディ
①力道山(30分55秒、フォール勝ち)マクレディ
②マクレディ(7分52秒、フォール勝ち)力道山
③力道山(時間切れ)マクレディ
4月16日のシビック・オーデトリアム大会は「チャリティ興行」として行なわれました。
第1試合では、アーマンド・タニーがアール・ラスムッセンと対戦しました。試合はラスムッセンの激しいラフファイトが暴走する展開となり、タニーが執念の反則勝ちを収めています。
続く第2試合では、のちに日本プロレス界でも名レフェリーとして名を馳せる沖識名が登場。ヒールのレッド・スコーピオンを相手に奮戦したものの、最後は豪快なボディスラムの前に沈み、フォール負けを喫しました。
第3試合では、ハンス・シュナーベルとバッド・カーティスによる実力者同士のシングルマッチが行われました。お互いに一歩も譲らない意地とプライドがぶつかり合う攻防の末、30分間の制限時間が経過し、時間切れ引き分けに終わっています。
そしてメインイベントには、力道山が登場し、強豪アール・マクレディと45分3本勝負の過酷な一戦に臨みました。緊迫した1本目は、力道山が相撲仕込みの強靭な足腰を活かした柔道の投げ技を連発して相手を圧倒すると、最後は豪快なボディスラムを決めて完璧な3カウントを奪取。30分を超える大熱戦の末に先制のフォール勝ちを収めます。あとがないマクレディも2本目で猛反撃に打って出ました。スピーディーなフライングヘッドシザーズで力道山の機動力を奪うと、最後は強烈なジャンピングボディプレスを炸裂させ、試合をタイに戻します。運命の決勝3本目は、両者ともに死力を尽くした一進一退の攻防となりましたが、どちらも決定打を欠いたまま無情にもタイムアップ。激闘の果てに1−1の引き分けとなり、臨時のチャリティ興行は大盛況の中で幕を閉じました。
1952(昭和27)年4月18日(金曜日)
米国/ハワイ州ヒロ/ヒロ・ナショナル・ガード・アーモリー
観衆:2000人
1)シングルマッチ(45分3本勝負)
力道山(1-1)ボビー・ブランズ
①ブランズ(25分0秒、勝ち)力道山
②力道山(17分0秒、勝ち)ブランズ
③力道山(時間切れ)ブランズ
そのわずか2日後となる4月18日、力道山はハワイ島に渡り、ヒロ・ナショナル・ガード・アーモリーのリングに上がっていました。このヒロ大会のデータもまた、これまでプロレス史においてまったく確認されていなかった、極めて貴重な「幻の興行」の記録です。
2000人の大観衆が詰めかけたメインイベントで力道山の前に立ちはだかったのは、ジャック・フェファー派の元世界ヘビー級王者ボビー・ブランズでした。ブランズといえば、前年10月にメモリアル・ホールで行なわれた力道山のデビュー戦の相手であり、まさに宿命のライバル。新発見となったこの日のデータは、ハワイの地で早くもその黄金カードが再現されていたことを証明する衝撃の事実でした。
試合は45分3本勝負という過酷なルールで行なわれました。
1本目は、元王者の貫禄を見せるブランズが熟練の技術で試合を支配します。力道山も必死に食い下がったものの、25分0秒という長い攻防の末に先制を許してしまいました。
あとがなくなった力道山ですが、2本目で驚異的な粘りを発揮します。ハワイのファンを味方につけた猛反撃を展開し、17分0秒に見事な勝利を収めて試合をタイに戻しました。
運命の3本目は、互いに限界を超えた意地がぶつかり合う総力戦となりました。しかし、どちらもあと一歩の決定打を奪えないまま無情のタイムアップ。前々日のチャリティ興行に続き、またしても1-1の時間切れ引き分けという大激闘に終わりました。
なお、この貴重な新発見のデータからは、この興行に沖識名やボブ渋谷(キンジ渋谷)らも参戦していたことが分かっています。当時のハワイ・マットにおける日系レスラーたちの凄まじい勢いと、歴史の表舞台に現れた力道山の新たな足跡を物語る、まさに第一級のプロレス歴史資料と言えるでしょう。
1952(昭和27)年4月20日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)シングルマッチ(1本勝負)
バッド・カーティス(17分0秒、フォール勝ち)アーマンド・タニー
2)シングルマッチ(30分1本勝負)
レッド・スコーピオン(時間切れ判定勝ち)アール・マクレディ
3)シングルマッチ(30分1本勝負)
力道山(27分30秒、フォール勝ち)イワン・カメロフ
4)プリモトロフィー争奪トーナメント(45分3本勝負)
シュナーベル・ブラザーズ(フリッツ・シュナーベル&ハンス・シュナーベル)
(1-0)ボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ
①ハンス(19分20秒、フォール勝ち)シモノビッチ
②シュナーベルズ(時間切れ)ブランズ組
4月20日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合では、バッド・カーティスとアーマンド・タニーが激突しました。カーティスがタニーの膝へ狙いを定めた凄まじい連続攻撃を敢行。足元への執拗な攻めにより主導権を完全に握ったカーティスが、17分0秒にフォール勝ちを収めています。
続く第2試合は、レッド・スコーピオンとアール・マクレディによる30分1本勝負が行われました。お互いの意地がぶつかり合う一進一退の攻防は、どちらも譲らぬまま無情にも30分間の制限時間が終了。しかし、試合内容で優勢とみなされたスコーピオンが時間切れ判定勝ちをもぎ取っています。
第3試合には力道山が登場し、イワン・カメロフとのシングルマッチに臨みました。力道山は相撲と柔道の技術を融合させた得意の腰投げを連発してカメロフの巨体を翻弄。最後は豪快なボディスラムを完璧に決め、27分30秒にフォール勝ちを収めて4000人の観衆を大いに沸かせました。
そしてメインイベントでは、プリモトロフィーが争われるトーナメント戦として、45分3本勝負のタッグマッチが開催されました。フリッツ・シュナーベルとハンス・シュナーベルのシュナーベル・ブラザーズが、ボビー・ブランズおよびラッキー・シモノビッチのコンビと激突します。
緊迫した1本目は、シュナーベル・ブラザーズが息の合った連携を見せ、ハンスがシモノビッチへ烈しいフォアアームスマッシュを連発。さらに強烈なバックドロップを炸裂させ、19分20秒に見事なフォール勝ちで先制します。
続く2本目は、あとがないブランズ組も意地を見せて猛反撃に出ますが、シュナーベルズの堅い守りを崩せません。そのまま45分の制限時間が経過して時間切れとなり、1-0でシュナーベル・ブラザーズが栄冠へと一歩近づく勝利を挙げました。
1952(昭和27)年4月27日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:3000人
1)柔術エキシビションマッチ(1本勝負)、レフェリー:沖識名
ウォーリー堤(6分48秒、アームバー)エドウィン岸村
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
ジョニー・セペダ(11分18秒、フォール勝ち)フリッツ・シュナーベル
3)タッグマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:沖識名
力道山&山口利夫(0-0)レッド・スコーピオン&バッド・カーティス
①力道山組(時間切れ)スコーピオン組
4)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
ラッキー・シモノビッチ(2-1)ハンス・シュナーベル
①シモノビッチ(17分46秒、フォール勝ち)シュナーベル
②シュナーベル(5分8秒、リバースアームロック)シモノビッチ
③シモノビッチ(14分21秒、反則勝ち)シュナーベル
※L・シモノビッチはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
4月27日のシビック・オーデトリアム大会。第1試合では、ウォーリー堤とエドウィン岸村による柔術エキシビションマッチが行なわれました。レフェリーを沖識名が務める厳かな雰囲気の中、試合はグラウンドでの緊迫した技術戦を展開。最後は堤が鮮やかなアームバーを極め、6分48秒に一本勝ちを収めています。
続く第2試合は、ジョニー・セペダとフリッツ・シュナーベルによる30分1本勝負が組まれました。パワーに勝るシュナーベルを相手に一瞬の隙を突いたセペダが、相手の身体をターンバックルに激しく叩きつける猛攻を敢行。そのまま完璧な3カウントを奪い、11分18秒にフォール勝ちを収めました。
第3試合のタッグマッチでは、前年に続くハワイ参戦となった山口利夫が、満を持して力道山とのコンビを結成しました。注目の「力道山&山口」の強力日本人コンビは、レッド・スコーピオンとバッド・カーティスの凶悪ヒールコンビと45分3本勝負で激突。試合は山口の確かなレスリング技術と力道山の豪快な攻めが噛み合い、終始優勢に進めました。しかし、老獪なヒール陣の粘りにも阻まれ、無情にも45分間の制限時間が終了。1本目から時間切れ引き分けという大熱戦のまま、0-0のドローに終わりました。
そしてメインイベントには、NWA認定ハワイヘビー級王者でありリング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者でもある、絶対王者ラッキー・シモノビッチが登場。実力者ハンス・シュナーベルを迎えて、45分3本勝負のノンタイトル戦に臨みました。
緊迫した1本目は、シモノビッチが王者たる圧巻のパワーを見せつけ、強烈なシュミット流背骨折りを炸裂。17分46秒に見事なフォール勝ちを収めて先制します。
あとがないシュナーベルも2本目で猛反撃に打って出ました。シモノビッチの一瞬の隙を捉えると、巧みなリバースアームロックを極めて5分8秒でギブアップを奪い、試合をタイに戻します。
運命の決勝3本目は、両者のプライドがぶつかり合う激しい攻防となりましたが、最後はシュナーベルのラフファイトが暴走。14分21秒、シュナーベルの度重なる暴挙にレフェリーが試合を止め、シモノビッチが反則勝ちを収めました。結果は2-1で王者が激闘を制し、3000人の大観衆を歓喜の渦に巻き込みました。
1952(昭和27)年5月4日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)シングルマッチ(?分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
アール・ラスムッセン(13分20秒、逆エビ固め)ウォーリー堤
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:沖識名
山口利夫(時間切れ)ジョニー・セペダ
3)プリモトロフィー争奪トーナメント(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
レッド・スコーピオン&バッド・カーティス
(2-0)シュナーベル・ブラザーズ(フリッツ・シュナーベル&ハンス・シュナーベル)
①カーティス(18分20秒、反則勝ち)ハンス
②スコーピオン(10分50秒、ステップオーバートーホルド)フリッツ
4)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:沖識名
力道山(2-1)ラッキー・シモノビッチ
①力道山(18分25秒、サブミッションホールド)シモノビッチ
②シモノビッチ(23分3秒、フォール勝ち)力道山[23分2秒説あり]
③力道山(時間切れ判定勝ち)シモノビッチ
※L・シモノビッチはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
5月4日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合では、アール・ラスムッセンとウォーリー堤によるシングルマッチが行なわれました。ラスムッセンの力強い攻勢の前に堤も必死のディフェンスを見せますが、最後は強烈な逆エビ固めを完璧に極められ、13分20秒にギブアップ負けを喫しました。
続く第2試合では、前週に続いての登場となる山口利夫が、ポルトガルヘビー級王者とされる強豪ジョニー・セペダと30分1本勝負で激突。お互いに世界のトップ戦線で培った実力を遺憾なく発揮し、グラウンドとスタンドの両面で一歩も譲らない緊迫した頭脳戦を展開します。どちらも最後まで決定打を許さないまま30分間の制限時間が終了し、時間切れ引き分けとなりました。
第3試合のメインイベント級の一戦では、プリモトロフィーが争われる勝ち抜き戦のトーナメントとして、45分3本勝負のタッグマッチが開催されました。対戦するのは、レッド・スコーピオン&バッド・カーティス組と、シュナーベル・ブラザーズ(フリッツ・シュナーベル&ハンス・シュナーベル)です。シュナーベル・ブラザーズは、2週間前のトーナメント戦でボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチの強豪コンビを破って勝ち上がってきただけに、この日も大きな注目を集めました。
大荒れとなった1本目は、ハンス・シュナーベルのラフファイトが暴走。カーティスをリング外の鉄柱に激しくぶつけて失神させてしまいます。これにより18分20秒、レフェリーがハンスの暴挙を反則とみなし、カーティス組が先制の反則勝ちを収めました。
続く2本目は、怒りに燃えるスコーピオン組が猛攻を仕掛けます。スコーピオンがフリッツ・シュナーベルを深く捕らえると、必殺のステップオーバートーホルドをじわじわと完璧に極めました。10分50秒にギブアップを奪い、2-0のストレートでシュナーベル・ブラザーズを下しました。
そして、興行のクライマックスとなる第4試合のノンタイトル戦では、力道山が満を持して登場。NWA認定ハワイヘビー級王者であり、リング・マガジン誌認定ゴールドベルトを保持する絶対王者ラッキー・シモノビッチとの45分3本勝負に挑みました。試合開始前、力道山がレフェリーのフランク・メリルを拒否し、急遽、沖識名がレフェリーを務めるという不穏な空気の中でゴングが鳴り響きます。
緊迫した1本目は、力道山が相撲と柔道の底力を見せつけ、シモノビッチを豪快な柔道投げの連発で圧倒。そこから一気にサブミッションホールドへ移行し、18分25秒に見事なギブアップを奪って先制します。
しかし、あとがない王者も2本目でその意地を見せつけました。20分を超える息をもつかせぬ大熱戦の末、シモノビッチが執念のドロップキックを炸裂させ、23分3秒にフォール勝ちを収めて試合をタイに戻します。
運命の決勝3本目は、両者ともに死力を尽くした一進一退の総力戦となりました。激しい攻防が続く中で無情にもタイムアップのゴングが鳴り響いたものの、試合内容で優勢とみなされた力道山が劇的な時間切れ判定勝ちを奪取。結果は2-1で力道山が絶対王者を破る大金星を挙げ、4000人の大観衆で埋め尽くされたシビック・オーデトリアムは割れんばかりの歓声に包まれました。
1952(昭和27)年5月11日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:3500人
1)異種格闘技戦(20分勝負)、レフェリー:ウォーリー堤
山口利夫(1-0)アーマンド・タニー
①山口(4分0秒、ヘッドロック)タニー(柔道ジャケットマッチ)
②山口(時間切れ)タニー(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・ルール)
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
ジョニー・セペダ(時間切れ)レイ・ダオアン
3)シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
ボビー・ブランズ(1-0)バッド・カーティス
①ブランズ(25分15秒、フォール勝ち)カーティス
②ブランズ(時間切れ)カーティス
4)NWA認定ハワイヘビー級&リングマガジンゴールドベルト王座挑戦者決定戦(45分3本勝負)
レッド・スコーピオン(2-1)力道山
①力道山(17分50秒、フォール勝ち)スコーピオン
②スコーピオン(23分10秒、逆エビ固め)力道山
③スコーピオン(0分23秒、試合放棄)力道山
レフェリー:フランク・メリル
※R・スコーピオンはラッキー・シモノビッチの保持する王座に5月18日に挑戦する権利を獲得する。
5月11日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合では、山口利夫とアーマンド・タニーによる異例の異種格闘技戦が行なわれました。この一戦は20分勝負の中でルールが切り替わる特殊な形式で、レフェリーはウォーリー堤が務めました。まず行なわれた柔道ジャケットマッチでは、山口が道着を巧みに活かした技術で主導権を握り、4分0秒に強烈なヘッドロックを極めて先制します。続くキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・ルールでは、あとがないタニーも必死のグラウンド戦で対抗。山口の牙城を崩そうと猛攻を仕掛けますが、山口も卓越したディフェンスで応戦し、そのまま時間切れとなりました。結果、1-0で山口が異種格闘技戦を制しています。
続く第2試合は、ジョニー・セペダとレイ・ダオアンによる30分1本勝負が組まれました。お互いに隙を窺う一進一退の攻防が続き、幾度となく関節技や投げ技の応酬が見られたものの、どちらも決定打を欠いたまま30分が経過。緊迫した実力者同士の対決は時間切れ引き分けに終わりました。
第3試合では、ボビー・ブランズとバッド・カーティスが45分3本勝負のシングルマッチで激突しました。緊迫した1本目は、元王者ブランズが熟練のテクニックでカーティスを翻弄。試合が中盤から終盤へと差し掛かる25分15秒、スピーディーなフライングヘッドシザーズを鮮やかに決めて完璧な3カウントを奪い、先制に成功します。
続く2本目は、あとがないカーティスがラフファイトを交えて猛反撃に出るものの、経験豊富なブランズの牙城を崩せません。そのまま45分の制限時間が終了し、1-0でブランズが接戦をモノにしました。
そしてメインイベントでは、ラッキー・シモノビッチが保持するNWA認定ハワイヘビー級王座およびリング・マガジン誌認定ゴールドベルトへの挑戦権を懸けた、運命の王座挑戦者決定戦が45分3本勝負で行なわれました。前週にシモノビッチを破り勢いに乗る力道山が、宿敵レッド・スコーピオンと激突します。
栄光への1本目は、力道山が代名詞である魂の空手チョップを炸裂させ、17分50秒に見事なフォール勝ちを収めて先制。館内のボルテージは最高潮に達します。
しかし、ここから試合は暗転します。あとがないスコーピオンは、2本目でなりふり構わぬ猛攻を展開。20分を超える大激闘の末、スコーピオンが力道山を深く捕らえると、強烈な逆エビ固めをじわじわと完璧に極めて23分10秒にギブアップを奪い、試合をタイに戻しました。
この2本目の攻防で力道山は深刻なダメージを負ってしまいます。運命の3本目が始まってわずか0分23秒、力道山はこれ以上の試合続行は不可能と判断し、無念の試合放棄。結果、2-1でレッド・スコーピオンが勝利を収め、5月18日にシモノビッチの王座へ挑戦する権利を獲得しました。力道山にとっては、王座獲得への道が目前で断たれる痛恨の結末となりました。
1952(昭和27)年5月18日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)シングルマッチ(1本勝負)、レフェリー:ウォーリー堤
レイ・ダオアン(13分38秒、フォール勝ち)アーマンド・タニー
2)異種格闘技戦(30分勝負)、レフェリー:ウォーリー堤
ジョニー・セペダ(1-0)山口利夫
①セペダ(26分15秒、リバースチンロック)山口
(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・ルール)
②セペダ(時間切れ)山口(柔道ジャケットマッチ)
3)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
力道山(時間切れ)バッド・カーティス
4)NWA認定ハワイヘビー級&リングマガジンゴールドベルト選手権試合(時間無制限3本勝負)
レッド・スコーピオン(2-1)ラッキー・シモノビッチ
①シモノビッチ(16分25秒、サブミッション)スコーピオン
②スコーピオン(8分45秒、逆エビ固め)シモノビッチ
③スコーピオン(タイム不明、試合放棄)シモノビッチ
レフェリー:ボビー・ブランズ
※第14代王者L・シモノビッチが王座とベルトの防衛に失敗。R・スコーピオン(トム・ライス)が第15代王者になり、ゴールドベルトを獲得する。
5月18日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合では、レイ・ダオアンとアーマンド・タニーによるシングルマッチが行なわれました。レフェリーをウォーリー堤が務める中、ダオアンがパワフルな攻勢を見せます。終盤、ダオアンが豪快なボディスラムを連発してタニーの体力を奪うと、そのまま完璧な3カウントを奪取。13分38秒にフォール勝ちを収めました。
続く第2試合では、前週に続いての形式となる異種格闘技戦の30分勝負が組まれました。今回はジョニー・セペダと山口利夫が、前週とは逆のルール順で激突します。
まず行なわれたキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・ルールでは、ポルトガルヘビー級王者とされるセペダが本領を発揮。山口も必死のディフェンスで応戦したものの、26分15秒、セペダが強烈なリバースチンロックを極めて先制します。
続く2本目は山口が得意とする柔道ジャケットマッチに挑んだものの、1本目の大熱戦が長引いたことで、30分勝負の残り時間はわずか3分45秒でした。道着を身にまとった山口は制限時間が迫る中で意地の猛反撃を展開し、セペダを何度も畳に叩きつけて追い詰めます。しかし、あまりにも短すぎる残り時間ではどうしようもなく、セペダに巧みな防御で時間を稼がれて無情にもタイムアップ。結果、1-0でセペダが接戦を制しています。
第3試合には、前週の負傷による試合放棄が心配された力道山が登場し、バッド・カーティスとの30分1本勝負に臨みました。力道山は怪我の影響を感じさせない気迫のこもった攻めでカーティスを追い詰め、得意の技で勝負を仕掛けます。しかし、カーティスの老獪なディフェンスと執拗な粘りに阻まれ、あと一歩の決定打を奪えないまま無情にも30分が経過。緊迫した攻防は時間切れ引き分けに終わりました。
そしてメインイベントでは、満員の4000人が見守る中、NWA認定ハワイヘビー級王座およびリング・マガジン誌認定ゴールドベルトを懸けた選手権試合が、時間無制限3本勝負の過酷なルールで行なわれました。前週に力道山を破って挑戦権を獲得したレッド・スコーピオンが、絶対王者ラッキー・シモノビッチに挑みます。この大一番のレフェリーはボビー・ブランズが務めました。
栄光への1本目は、第14代王者シモノビッチが圧倒的なスピードを披露。フライングタックルから鮮やかなフライングヘッドシザーズへと繋ぐ流れるような猛攻を見せ、16分25秒に鮮やかなサブミッションを極めて先制します。
しかし、あとがないスコーピオンも2本目で牙を剥きました。パワーを活かした重い攻撃で王者の動きを止めると、スコーピオンが誇る必殺の逆エビ固めを完璧に極めて8分45秒にギブアップを奪い、試合をタイに戻します。
すべてが決する運命の3本目、両者死力を尽くした攻防の中で予期せぬドラマが待ち受けていました。シモノビッチが勝負を懸けてフライングタックルを敢行したものの、スコーピオンにかわされて自爆。勢い余ってコーナーポストに頭部を激しく強打してしまいます。シモノビッチのダメージは深刻で、そのまま無念の試合放棄。結果、2-1でレッド・スコーピオン(トム・ライス)が劇的な勝利を収め、第15代王者へと君臨するとともに、栄光のゴールドベルトを獲得しました。
1952(昭和27)年5月25日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後?時、観衆:6000人(超満員)
1)シングルマッチ(1本勝負)、レフェリー:ウォーリー堤
山口利夫(11分45秒、フォール勝ち)レイ・ダオアン
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
力道山(時間切れ判定勝ち)ジョニー・セペダ
3)ミゼットタッグマッチ(3本勝負)、レフェリー:ルー・ブリットン
アイリッシュ・ジャッキー&スカイ・ロー・ロー
(2-1)サニー・ボーイ・キャシディ&ファーマー・ピート
①ジャッキー(9分15秒、フォール勝ち)ピート
②キャシディ(8分22秒、フォール勝ち)???
③ロー・ロー(8分0秒、フォール勝ち)キャシディ
4)シングルマッチ(3本勝負)、レフェリー:ルー・ブリットン
ラッキー・シモノビッチ(2-1)バッド・カーティス
①シモノビッチ(17分7秒、フォール勝ち)カーティス
②カーティス(5分40秒、サブミッション)シモノビッチ
③シモノビッチ(4分8秒、フォール勝ち)カーティス
5月25日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合には、このハワイ遠征において数々の名勝負を繰り広げてきた山口利夫が登場し、レイ・ダオアンとのシングルマッチに臨みました。レフェリーをウォーリー堤が務める中、山口は序盤からエンジン全開の攻勢を展開。柔道の地力を活かした豪快な投げの連発でダオアンの巨体を何度もマットに叩きつけ、11分45秒に見事なフォール勝ちを収めました。有終の美を飾った山口は、この試合を最後にハワイ・マットを離れることとなります。前年からの度重なる熱戦で現地のファンを魅了した日本人実力者のラストマッチに、会場からは温かい拍手が送られました。
続く第2試合では、力道山がポルトガルヘビー級王者とされる強豪ジョニー・セペダと30分1本勝負で激突。前週に山口を破っているセペダに対し、力道山は得意の打撃や投げ技を繰り出して果敢に攻め立てます。セペダも隙のないグラウンド技術で応戦し、互いに譲らぬ一進一退の攻防のまま30分間の制限時間が終了。しかし、終始攻めの姿勢を崩さず試合を優勢に進めた力道山が、見事に判定勝ちをもぎ取りました。
第3試合では、会場に華やかな笑顔をもたらすミゼットタッグマッチの3本勝負が行なわれました。アイリッシュ・ジャッキー&スカイ・ロー・ローのコンビが、サニー・ボーイ・キャシディ&ファーマー・ピート組と激突します。
コミカルながらもスピード感溢れる1本目は、ジャッキーが小気味よいフォアアームスマッシュを連発し、9分15秒にピートからフォールを奪って先制。続く2本目はキャシディ組が猛反撃を仕掛け、キャシディが豪快なボディスラムを連発して8分22秒にタイに戻します。すべてが決する3本目は、ロー・ローが躍動。鮮やかなドロップキックからさらにボディスラムへと繋ぐ見事な連続攻撃を見せ、8分0秒にキャシディを仕留めて2-1で激戦を制しました。
そしてメインイベントには、前週に無念の試合放棄で王座を明け渡した前王者ラッキー・シモノビッチが登場。バッド・カーティスを相手に、復活を懸けた3本勝負のシングルマッチに挑みました。
返り咲きを狙う1本目は、シモノビッチが怒りのパワーを爆発させ、強烈なパワースラムを連発。圧倒的な力を見せつけて17分7秒にフォール勝ちを収め、先制に成功します。
しかし、実力者カーティスも2本目で意地を見せました。シモノビッチの足元へ狙いを定め、執拗なニーバスターを連発して動きを止めると、5分40秒に鮮やかなサブミッションを極めてギブアップを奪い、試合をタイに戻します。
運命の決勝3本目は、シモノビッチが底力を発揮しました。カーティスの追撃をかわすと、打点の高いドロップキックを連発して一気に勝負を決め、4分8秒に完璧な3カウントを奪取。結果は2-1となり、前王者が執念の勝利を挙げて超満員6000人の大観衆を大いに沸かせました。
1952(昭和27)年6月1日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:6000人(超満員)
1)シングルマッチ(1本勝負)、レフェリー:バッキー・オニール
レイ・ダオアン(15分48秒、フォール勝ち)ルー・ブリットン
2)シングルマッチ(1本勝負)、レフェリー:バッキー・オニール
バッド・カーティス(両者リングアウト)ジョニー・セペダ
3)シングルマッチ/ノンタイトル(時間無制限1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
レッド・スコーピオン(19分40秒、逆エビ固め)力道山
※R・スコーピオンはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
4)ミゼットタッグマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
サニー・ボーイ・キャシディ&ファーマー・ピート
(2-1)アイリッシュ・ジャッキー&スカイ・ロー・ロー
①ロー・ロー(8分50秒、フォール勝ち)キャシディ
②キャシディ(5分45秒、フォール勝ち)ジャッキー
③キャシディ(6分7秒、フォール勝ち)ロー・ロー
6月1日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合では、前週に山口利夫に敗れたレイ・ダオアンが汚名返上を懸けて登場し、ルー・ブリットンと対戦しました。レフェリーをバッキー・オニールが務める中、ダオアンは自慢のパワーを全開にします。終盤、ダオアンが豪快なボディスラムを連発してブリットンの体力を完全に奪うと、そのまま流れるように3カウントを奪取。15分48秒に見事なフォール勝ちを収めました。
続く第2試合は、バッド・カーティスとジョニー・セペダによる実力者同士のシングルマッチが組まれました。前週に力道山と時間切れまで戦い抜いたセペダに対し、カーティスも一歩も引かずに応戦。お互いの意地とプライドが激しくぶつかり合うラフファイトの応酬となり、試合は次第にヒートアップしていきます。興奮した両者はレフェリーの制止を無視して場外での大乱闘へと発展。そのまま場外カウント内でのリング復帰を果たせず、両者リングアウトの泥仕合に終わりました。
第3試合のノンタイトル戦では、力道山が満を持して登場。前々週にラッキー・シモノビッチを破り、見事にNWA認定ハワイヘビー級王座およびリング・マガジン誌認定ゴールドベルトを強奪した新王者レッド・スコーピオンとの時間無制限1本勝負に臨みました。力道山にとっては5月11日に試合放棄へ追い込まれた因縁の相手であり、まさに復讐を懸けた大一番です。試合は力道山が気迫の攻勢を見せたものの、新王者として勢いに乗るスコーピオンの壁は厚く、激しい一進一退の攻防が展開されます。最後はスコーピオンが誇る必殺の逆エビ固めを深く完璧に極められ、19分40秒に無念のギブアップ負けを喫しました。王者の実力を見せつけられる結末となり、力道山のリベンジは次戦以降へと持ち越しになります。
そしてメインイベントでは、前週に続いて超満員6000人の観衆を大いに沸かせるミゼットタッグマッチの45分3本勝負が開催されました。サニー・ボーイ・キャシディ&ファーマー・ピート組が、前週に敗れたアイリッシュ・ジャッキー&スカイ・ロー・ローのコンビにリベンジを挑みます。
先制を狙う1本目は、ロー・ローが驚異的なスピードで躍動。打点の高いドロップキックを連発してキャシディを翻弄し、8分50秒に完璧な3カウントを奪って前週の勢いのまま先制します。
しかし、続く2本目で試合の流れが暗転します。ジャッキー組が連携を見せようとした瞬間、ロー・ローの放ったフォアアームスマッシュが味方のジャッキーに痛恨の誤爆。この不意の衝撃を見逃さなかったキャシディが瞬時にジャッキーを抑え込み、5分45秒にフォール勝ちを収めて試合をタイに戻しました。
すべてが決する運命の3本目、完全に勢いづいたキャシディ組が猛攻を仕掛けます。最後はキャシディが豪快な飛行機投げを鮮やかに炸裂させ、6分7秒にロー・ローから劇的なフォールを奪取。結果は2-1となり、見事な逆転劇で前週の雪辱を果たしたキャシディ組に、館内からは割れんばかりの歓声と拍手が送られました。
1952(昭和27)年6月8日(日曜日)
米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)ハンディキャップマッチ(30分勝負)、レフェリー:ウォーリー堤
アーマンド・タニー&レイ・ダオアン(判定勝ち)力道山
第1試合 力道山(16分25秒、フォール勝ち)タニー
第2試合 ダオアン(時間切れ)力道山
※力道山が二人とシングルマッチを行い、30分以内に2勝しなければ負けになるというルール。
2)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
ロード・アルバート・ミルズ(27分22秒、ジャパニーズストレッチ)ジョニー・セペダ
3)NWA認定ハワイタッグ王座決定戦/プリモトロフィー争奪トーナメント決勝戦(時間無制限3本勝負)
ボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ
(2-1)レッド・スコーピオン&バッド・カーティス
①カーティス(22分30秒、フォール勝ち)ブランズ
②ブランズ(11分5秒、フォール勝ち)カーティス
③シモノビッチ(8分55秒、フォール勝ち)スコーピオン
レフェリー:フランク・メリル
※B・ブランズ&L・シモノビッチが初代王者チームとなり、プリモトロフィー(ハリー・ビスナー・トロフィー)を獲得する。
6月8日のシビック・オーデトリアム大会。
第1試合では、力道山がアーマンド・タニーおよびレイ・ダオアンの2人を相手に迎える、30分間の過酷なハンディキャップマッチに挑みました。この試合は力道山が2人とそれぞれシングルマッチを行ない、30分という制限時間内に2連勝を挙げなければ敗北となる極めて厳しいルールです。レフェリーをウォーリー堤が務める中、まず始まったタニーとの一戦では、力道山が相撲と柔道の地力を活かした豪快な柔道投げの連発を敢行。圧倒的な強さを見せつけて16分25秒に見事なフォール勝ちを収め、まずは1勝をもぎ取ります。しかし、続く2戦目で待ち受けていたダオアンは、体力が削られた力道山を執拗に攻め立てました。力道山も満身創痍の中で必死の猛攻を仕掛けたものの、ダオアンの粘り強いディフェンスを前に無情にもタイムアップ。30分以内に2勝目を挙げることができなかったため、ルールによりタニー&ダオアン組の判定勝ちとなりました。
力道山はこのハワイ遠征の最終戦を終え、次なる宿命の地であるサンフランシスコ地区へと向かいました。数々の名勝負でハワイのファンに強烈なインパクトを残した東洋の巨星は、米国本土のマットへとさらなる飛躍を遂げていきます。
続く第2試合では、ハワイ・マットに新たな風が吹き荒れました。タイニー・ミルズの兄弟である強豪ロード・アルバート・ミルズが登場し、ジョニー・セペダと時間無制限1本勝負のシングルマッチで激突。実力者セペダの巧みな技術に対し、ミルズは独自の重厚なテクニックで試合を支配します。最後はミルズが必殺のジャパニーズストレッチをじわじわと完璧に極め、27分22秒にギブアップを奪って実力を見せつけました。
そしてメインイベントでは、NWA認定ハワイタッグ王座決定戦を兼ねた、プリモトロフィー争奪トーナメントの決勝戦が時間無制限3本勝負の最高の舞台で開催されました。決勝まで勝ち上がってきたボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ組と、レッド・スコーピオン&バッド・カーティス組の宿敵同士が初代王座を懸けて激突します。
栄光への1本目は、スコーピオン組のカーティスがブランズの足元へ狙いを定め、強烈なニーバスターを連発する猛攻を展開。この集中攻撃で主導権を完全に握ったカーティスが、22分30秒にフォール勝ちを収めて先制します。
あとがないブランズ組も2本目で怒りの反撃に出ました。今度はブランズがカーティスを捕らえると、意地を込めて膝を使っての背骨への攻撃を連発。背中への凄まじい衝撃でカーティスの動きを止め、11分5秒に見事なフォール勝ちを収めて試合をタイに戻します。
すべてが決する運命の3本目、館内のボルテージが最高潮に達する中、シモノビッチが圧巻の爆発力を見せつけました。スコーピオンの追撃を鮮やかにかわすと、打点の高い強烈なドロップキックを連発。一気に勝負を決めて8分55秒に劇的な3カウントを奪取しました。結果は2-1となり、激闘を制したボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ組が栄えある初代王者チームに君臨。見事にプリモトロフィー(ハリー・ビスナー・トロフィー)を獲得し、4000人の観衆で埋め尽くされた会場は割れんばかりの歓声に包まれました。
この大会を最後にハワイ・マットからしばらく日本人レスラーの姿が消えることとなります。しかし、そのわずか5週間後には、世界的な強豪である木村政彦が米国の太平洋岸から満を持してハワイへ上陸。さらにその2週間後には、コウ東郷としてグレート東郷とともに東郷ブラザーズを結成し、米国マットを恐怖に震え上がらせていた遠藤幸吉が電撃登場を果たします。新たなる激動の予感を残し、【1952年ハワイ編】第2回はここに幕を閉じ、物語は【1952年ハワイ編】第3回へと続いていきます。