プロレス界において、ともに「和製マットの魔術師」と称された2人の偉大なテクニシャン、マイティ井上と寺西勇。両者のライバル関係は、日本プロレス史における珠玉の技術戦の連続でした。
両者の初対戦は、昭和43(1968)年1月3日にまで遡ります。マイティ井上は、前年である昭和42年の7月21日に名古屋で仙台強(大剛鉄之助)を相手にデビュー。一方の寺西勇は、その1年前となる昭和41年10月12日、東京プロレスのリングで竹下岩夫を相手にデビューを果たしています。
キャリアにわずかな差はあったものの、両者の実力は伯仲していました。最初の2試合は連続して引き分けに終わり、注目の第3戦目では、何と後輩である井上が勝利を収めるという波乱の幕開けとなります。ここから2人の果てしない名勝負の歴史が始まりました。
昭和45(1970)年5月19日までの間に、両者はじつに75回もの対戦を重ねています。この初期の対戦成績は寺西の20勝9敗46分けという記録が残されており、いかに互いが譲らない好敵手であったかが分かります。
その後、井上は同年8月28日に西ドイツへ渡り、「シャチ・ミッキー井上」として活躍。さらには「ミツ井上」の名でイギリスのリングにも上がりました。翌昭和46(1971)年も引き続き西ドイツでファイトを展開します。同年2月27日から3月5日まで開催された国際プロレスの「AWAビッグ・ファイト・シリーズ」のために一時帰国を果たしますが、シリーズ終了後はふたたびヨーロッパへと遠征していきました。
さらに昭和47(1972)年になると、井上はヨーロッパからカナダ、そしてアメリカへと転戦します。激闘を経て帰国した井上は、10月28日に開幕した「ビッグ・ウインター・シリーズ」から日本マットへ本格的に復帰することとなりました。
こうして海外でさらなる磨きをかけた井上と、日本で牙を研ぎ続けた寺西。離れていた2人の道がふたたび交錯する、激動の記録をここに振り返ります。
[昭和43(1968)年]
オープニング・ワールド・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年1月3日(水曜日)、東京都墨田区/日本大学講堂
□シングルマッチ(15分1本勝負)
井上末雄(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年1月13日(土曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
井上末雄(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年1月25日(木曜日)、大阪府東大阪市/東大阪市立体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
井上末雄(11分37秒、エビ固め)寺西勇
ワールド・タッグ・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年1月31日(水曜日)、神奈川県横浜市/横浜文化体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(13分30秒、体固め)井上末雄
日欧決戦シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年3月21日(木曜日)、山梨県甲府市/山梨県民会館公会堂大ホール
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(9分55秒、エビ固め)井上末雄
日英チャンピオン・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年4月7日(日曜日)、兵庫県姫路市/姫路市厚生会館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(9分6秒、体固め)井上円蔵
昭和43(1968)年4月8日(月曜日)、山口県岩国市/岩国市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(12分45秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年4月11日(木曜日)、広島県呉市/呉市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(10分45秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年4月17日(水曜日)、佐賀県唐津市/唐津市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(10分52秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年4月30日(火曜日)、東京都渋谷区/東京都体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
寺西勇(10分27秒、体固め)井上円蔵
ワールド選抜シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年5月26日(日曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(11分15秒、エビ固め)井上円蔵
ビッグ・サマー・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年7月13日(土曜日)、神奈川県横浜市/スカイ体育館(スカイホール)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(15分48秒、首固め)寺西勇
昭和43(1968)年7月27日(土曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
ワールド・サマー・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年8月24日(土曜日)、福岡県福岡市/九電記念体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(14分15秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年8月31日(土曜日)、埼玉県所沢市/所沢市民会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年9月5日(木曜日)、島根県松江市/島根青年館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(15分27秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年9月7日(土曜日)、島根県益田市/益田市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(16分3秒、逆さ押さえ込み)井上円蔵
ダイナマイト・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年9月28日(土曜日)、新潟県白根市/白根市立白根小学校運動場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年10月8日(火曜日)、東京都葛飾区/葛飾区立立石体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年10月9日(水曜日)、栃木県鹿沼市/御殿山公園野球場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(14分46秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年10月15日(火曜日)、茨城県下館市/下館丸共青果地方卸売市場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(11分45秒、逆さ押さえ込み)井上円蔵
IWEワールド・チャンピオン・シリーズ(国際プロレス)
昭和43(1968)年11月5日(火曜日)、北海道旭川市/旭川市体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年11月8日(金曜日)、北海道釧路市/釧路市厚生年金体育館
□シングルマッチ(15分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
※「20分1本勝負」と記載されている資料もある。
昭和43(1968)年11月18日(月曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(15分56秒、回転エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年11月23日(土曜日、祝日)、三重県四日市市/中央緑地体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和43(1968)年12月7日(土曜日)、佐賀県唐津市/唐津市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(17分28秒、両者リングアウト)寺西勇
昭和43(1968)年12月10日(火曜日)、広島県呉市/呉市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(17分40秒、回転エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年12月16日(月曜日)、長野県長野市/長野市民会館広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(10分50秒、エビ固め)井上円蔵
昭和43(1968)年12月21日(土曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(13分34秒、両者リングアウト)寺西勇
[昭和44(1969)年]
ビッグ・ウインター・シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年1月2日(木曜日)、大分県大分市/大分県営体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年2月8日(土曜日)、東京都三鷹市/三鷹市公会堂
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
国際ゴールデン・シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年3月10日(月曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
ワールド選抜シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年4月8日(火曜日)、富山県富山市/富山市体育館(富山市スポーツセンター)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(時間切れ)井上円蔵
□同延長戦(20分1本勝負)
寺西勇(4分45秒、回転エビ固め)井上円蔵
昭和44(1969)年4月13日(日曜日)、宮城県涌谷町/涌谷町立涌谷第二小学校運動場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(17分24秒、両者カウントアウト)寺西勇
昭和44(1969)年4月27日(日曜日)、岩手県宮古市/宮古市立宮古小学校体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
寺西勇(20分15秒、回転エビ固め)井上円蔵
昭和44(1969)年4月29日(火曜日、祝日)、岩手県西根町/大更公園
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(16分3秒、両者カウントアウト)寺西勇
ダイナマイト・シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年6月2日(月曜日)、東京都台東区/東京都台東区立台東体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(15分58秒、回転エビ固め)井上円蔵
昭和44(1969)年6月10日(火曜日)、宮城県名取市/株式会社鈴彦・名取配送センター広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(16分15秒、逆さ押さえ込み)寺西勇
昭和44(1969)年6月18日(水曜日)、宮城県大和町/大和町立吉岡中学校体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(13分27秒、体固め)寺西勇
昭和44(1969)年6月24日(火曜日)、三重県伊勢市/三重県営総合競技場体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年6月27日(金曜日)、栃木県足利市/月見ヶ丘高等学校体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
井上円蔵(19分24秒、体固め)寺西勇
ビッグ・サマー・シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年7月16日(水曜日)、富山県高岡市/高岡市民体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
寺西勇(16分48秒、エビ固め)井上円蔵
昭和44(1969)年7月17日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(16分30秒、体固め)寺西勇
昭和44(1969)年7月20日(日曜日)、島根県出雲市/出雲市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年7月22日(火曜日)、山口県美祢市/美祢市民会館横広場(吉則)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年7月24日(木曜日)、山口県防府市/防府市公会堂裏広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年8月6日(水曜日)、東京都板橋区/東京都板橋区立体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
井上円蔵(21分35秒、両者カウントアウト)寺西勇
昭和44(1969)年8月11日(月曜日)、宮城県岩沼市/竹駒神社(竹駒稲荷)外苑
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年8月12日(火曜日)、岩手県盛岡市/盛岡体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年8月14日(木曜日)、宮城県志津川町/松原公園
□シングルマッチ(30分1本勝負)
井上円蔵(28分18秒、両者カウントアウト)寺西勇
昭和44(1969)年8月17日(日曜日)、栃木県大田原市/城山公園
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年8月20日(水曜日)、北海道岩見沢市/岩見沢スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(16分17秒、両者カウントアウト)寺西勇
昭和44(1969)年8月25日(月曜日)、北海道深川市/深川市花園公園
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年8月31日(日曜日)、新潟県糸魚川市・姫川電化用地
□シングルマッチ(20分1本勝負)
井上円蔵(時間切れ)寺西勇
ロイヤル・シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年9月8日(月曜日)、静岡県沼津市/沼津市営球場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年9月9日(火曜日)、群馬県前橋市/群馬県スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年9月18日(木曜日)、岡山県倉敷市/(旧)倉敷水島東映劇場前広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年9月21日(日曜日)、広島県三次市/三次市市民会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年9月28日(日曜日)、大阪府高槻市/城跡公園野球場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
IWA世界タッグ挑戦シリーズ(国際プロレス)
昭和44(1969)年10月12日(日曜日)、東京都青梅市/霞農業協同組合本店事務所横広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年10月16日(木曜日)、岩手県北上市/北上家畜市場
□シングルマッチ(30分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年10月23日(木曜日)、新潟県新井市/新井市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年11月2日(日曜日)、北海道静内町/静内町体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年11月8日(土曜日)、青森県八戸市/八戸市体育館(長根体育館)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年11月15日(土曜日)、愛媛県松山市/愛媛県民館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年11月16日(日曜日)、徳島県阿南市/阿南市スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和44(1969)年11月27日(木曜日)、佐賀県唐津市/唐津市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
[昭和45(1970)年]
新春チャレンジ・シリーズ(国際プロレス)
昭和45(1970)年1月4日(日曜日)、岡山県新見市/新見市市民会館前広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和45(1970)年1月13日(火曜日)、鹿児島県鹿児島市/鹿児島県体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分46秒、両者リングアウト)寺西勇
昭和45(1970)年1月20日(火曜日)、山口県岩国市/岩国市体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
マイティ井上(26分31秒、体固め)寺西勇
昭和45(1970)年1月25日(日曜日)、埼玉県飯能市/飯能市民体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
新春チャレンジ・シリーズ[AWA世界戦シリーズ](国際プロレス)
昭和45(1970)年2月3日(火曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(12分41秒、エビ固め)寺西勇
第2回IWAワールド・シリーズ(国際プロレス)
昭和45(1970)年3月19日(木曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和45(1970)年4月13日(月曜日)、福岡県北九州市/北九州市立若松文化体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(15分29秒、逆さ押さえ込み)寺西勇
昭和45(1970)年5月19日(火曜日)、宮城県仙台市/仙台市レジャーセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
[昭和48(1973)年]
ジャイアント・シリーズ結集戦(全日本プロレス)
昭和48(1973)年2月10日(土曜日)、東京都新宿区/新宿区立体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)、レフェリー:リチャード・ムーディ
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
ビッグ・チャレンジ・シリーズ(国際プロレス)
昭和48(1973)年3月8日(木曜日)、長野県長野市/長野市民体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
昭和48(1973)年3月16日(金曜日)、東京都町田市/町田市立体育館
□シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:阿部脩
マイティ井上(1-1)寺西勇
①寺西(34分52秒、片エビ固め)井上
②井上(3分22秒、片エビ固め)寺西
③井上(時間切れ)寺西
□同延長戦(10分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
ビッグ・サマー・シリーズ(国際プロレス)
昭和48(1973)年7月7日(土曜日)、石川県七尾市/七尾市営城山体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(時間切れ)寺西勇
ビッグ・ウインター・シリーズ(国際プロレス)
昭和48(1973)年10月30日(火曜日)、北海道稚内市/稚内市体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
マイティ井上(17分32秒、両者リングアウト)寺西勇
[昭和52(1977)年]
第6回IWAワールド・シリーズ(国際プロレス)
昭和52(1977)年3月15日(火曜日)、愛知県豊橋市/豊橋市体育館
□ワールド・シリーズ[Bブロック]/ノンタイトル(30分1本勝負)
マイティ井上(18分23秒、回転エビ固め)寺西勇
※寺西勇はIWA認定世界ミッドヘビー級王者。
[昭和56(1981)年]
スーパー・ファイト・シリーズ(国際プロレス)
昭和56(1981)年3月18日(水曜日)、滋賀県能登川町/能登川町民体育館
□ルー・テーズ杯争奪予選リーグ戦/Aブロック(20分1本勝負)
マイティ井上(15分4秒、リングアウト)寺西勇
昭和56(1981)年3月21日(土曜日、祝日)、埼玉県越谷市/越谷市立体育館
□ルー・テーズ杯争奪予選リーグ戦Aブロック1位決定戦(20分1本勝負)
マイティ井上(13分4秒、回転エビ固め)寺西勇
[昭和62(1987)年]
創立15周年記念’87エキサイト・シリーズ(全日本プロレス)
昭和62(1987)年3月5日(木曜日)、宮城県石巻市/石巻市総合体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分31秒、両者リングアウト)寺西勇
創立15周年記念’87チャンピオン・カーニバル(全日本プロレス)
昭和62(1987)年4月2日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(8分21秒、両者リングアウト)寺西勇
昭和62(1987)年4月20日(月曜日)、山口県宇部市/宇部市俵田翁記念体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分52秒、反則勝ち)寺西勇
創立15周年記念’87スーパー・パワー・シリーズ(全日本プロレス)
昭和62(1987)年5月30日(土曜日)、香川県高松市/高松市民文化センター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(9分55秒、両者リングアウト)寺西勇
創立15周年記念’87サマー・アクション・シリーズ2(全日本プロレス)
昭和62(1987)年9月17日(木曜日)、新潟県湯之谷村/小出郷体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(10分39秒、両者リングアウト)寺西勇
創立満15周年記念’87ジャイアント・シリーズ(全日本プロレス)
昭和62(1987)年10月25日(日曜日)、京都府京都市/醍醐グランドーム
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(12分27秒、両者リングアウト)寺西勇
’87世界最強タッグ決定リーグ戦(全日本プロレス)
昭和62(1987)年11月26日(木曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島体育センター別館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分50秒、首固め)寺西勇
[昭和63(1988)年]
新春ジャイアント・シリーズ(全日本プロレス)
昭和63(1988)年1月5日(火曜日)、千葉県銚子市/銚子市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(10分33秒、回転エビ固め)寺西勇
昭和63(1988)年1月10日(日曜日)、愛媛県西条市/西条市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
寺西勇(10分51秒、逆さ押さえ込み)マイティ井上
’88エキサイト・シリーズ(全日本プロレス)
昭和63(1988)年2月26日(金曜日)、滋賀県栗東町/栗東町町民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分4秒、両者リングアウト)寺西勇
昭和63(1988)年3月7日(月曜日)、岩手県水沢市/水沢市民体育文化会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(10分1秒、逆さ押さえ込み)寺西勇
スーパー・パワー・シリーズ(全日本プロレス)
昭和63(1988)年5月27日(金曜日)、福井県福井市/福井市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分4秒、両者リングアウト)寺西勇
[平成元(1989)年]
サマー・アクション・シリーズⅡ(全日本プロレス)
平成元(1989)年8月28日(月曜日)、岐阜県揖斐川町/揖斐川ショッピングセンター屋上駐車場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分40秒、片エビ固め)寺西勇
ジャイアント・シリーズ(全日本プロレス)
平成元(1989)年9月30日(土曜日)、沖縄県沖縄市/沖縄市体育館
□世界ジュニアヘビー級王座挑戦者決定リーグ戦(30分1本勝負)
マイティ井上(13分7秒、逆さ押さえ込み)寺西勇
[平成2(1990)年]
サマー・アクション・シリーズⅠ(全日本プロレス)
平成2(1990)年7月8日(日曜日)、神奈川県横須賀市/横須賀市総合体育会館(横須賀アリーナ)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(13分52秒、フライングヘッドシザーズホールド)寺西勇
平成2(1990)年7月20日(金曜日)、兵庫県姫路市/姫路市厚生会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(11分56秒、片エビ固め)寺西勇
ジャイアント・シリーズ(全日本プロレス)
平成2(1990)年10月2日(火曜日)、宮城県仙台市・泉総合運動場の~
□シングルマッチ(20分1本勝負)
マイティ井上(12分13秒、フライングヘッドシザーズホールド)寺西勇
日本マットに復帰したマイティ井上と寺西勇のシングルマッチがふたたび実現したのは、昭和48(1973)年2月10日に開催された全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ結集戦」の開幕戦でした。注目の再戦となったこの試合は、お互いの技術ががっちりと噛み合い、時間切れ引き分けに終わっています。その後もこの年、国際プロレスのマットで両者は4回対戦しましたが、そのすべてが引き分けという、まさに意地と技術のぶつかり合いとなりました。
その後、しばらくの間は両者のシングル対戦はありませんでしたが、昭和52(1977)年3月15日、ワールド・シリーズ公式戦という大舞台でついに激突し、ここでは井上が勝利を掴み取ります。さらに4年後の昭和56(1981)年3月には、ルー・テーズ杯争奪予選リーグ戦で2回対戦し、井上が見事に2連勝を飾りました。
しかし、この年の秋に2人の主戦場であった国際プロレスが解散へと追い込まれます。これを機に、井上は全日本プロレスへ、寺西は新日本プロレスへと別々のリングに上がるようになり、2人の道はまたしても分かれることとなりました。
再び運命が動いたのは昭和59(1984)年の暮れでした。寺西がジャパンプロレスの所属となり、全日本プロレスのリングに上がるようになったことで、タッグマッチながら井上との対戦がふたたび行われるようになります。
そして、ファンが熱望した両者のシングルマッチが再び組まれたのは、昭和63(1988)年1月5日の銚子大会でした。この試合を含め、平成2(1990)年10月2日までに両者は10回対戦し、最終的には井上の7勝1敗2分けという結果が残されています。
若手時代からお互いを高め合い、時代の荒波に揉まれながらも、リングの上で至高のテクニックを競い合ったマイティ井上と寺西勇。「和製マットの魔術師」と呼ばれた2人が刻んだこの対戦の軌跡は、日本のプロレス史において永遠に色褪せることのない、極上の名勝負数え唄だったと言えるでしょう。