アントニオ猪木 対 スタン・ハンセン

 スタン・ハンセンは、昭和50(1975)年9月から10月にかけて開催された全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ」で初来日を果たしました。その後、ハンセンは昭和51(1976)年4月26日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでWWWF認定ヘビー級王者ブルーノ・サンマルチノの首を負傷(公式発表は頸椎骨折、実際は捻挫)させ、一躍その名を轟かせます。
 アントニオ猪木がハンセンと初めて対戦したのは、ハンセンの2度目の来日となった昭和52(1977)年1月7日、「新春黄金シリーズ」の開幕戦でした。これを機に、両者は数多くのシングルマッチで名勝負を繰り広げることになります。通算成績は猪木の17勝3敗4分け1没収試合でした。
 猪木の17勝の内訳は、フォール勝ちが9回、反則勝ちが6回、リングアウト勝ちが2回。一方の3敗の内訳は、反則負けが2回、リングアウト負けが1回で、引き分けはすべて両者リングアウトによるものでした。

[昭和52(1977)年]

新春黄金シリーズ

 昭和52(1977)年1月7日(金曜日)、埼玉県越谷市/越谷市立体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(11分17秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年1月14日(金曜日)、福岡県福岡市/九電記念体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分1本勝負)
  アントニオ猪木(12分22秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年2月2日(水曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ/ノンタイトル(45分1本勝負)
  アントニオ猪木(12分42秒、体固め)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年2月6日(日曜日)、岩手県久慈市/久慈市民体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(11分7秒、逆さ押さえ込み)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級王者。

 昭和52(1977)年2月9日(水曜日)、神奈川県横浜市/横浜文化体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(9分58秒、逆さ押さえ込み)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級王者。

闘魂シリーズ

 昭和52(1977)年9月2日(金曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(25分13秒、体固め)スタン・ハンセン
   ※第16代王者A猪木が10度目の防衛に成功する。

 昭和52(1977)年10月4日(火曜日)、京都府京都市/日本正武館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(9分39秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級王者。

[昭和54(1979)年]

第2回MSGシリーズ

 昭和54(1979)年5月25日(金曜日)、青森県弘前市/弘前市民体育館
□MSGシリーズ決勝リーグ戦/ノンタイトル(45分1本勝負)
  アントニオ猪木(9分33秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

 昭和54(1979)年6月7日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□MSGシリーズ優勝戦/ノンタイトル(時間無制限1本勝負)
  アントニオ猪木(9分3秒、体固め)スタン・ハンセン
   ※A猪木が優勝する。猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

スタンピード・レスリング

 昭和54(1979)年8月17日(金曜日)
 カナダ/アルバータ州カルガリー/ビクトリア・パビリオン
□NWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ランディ・ジャクソン
  アントニオ猪木(9分15秒、体固め)スタン・ハンセン
   ※第16代王者A猪木が24度目の防衛に成功する。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王座は懸けられていない。

[昭和55(1980)年]

新春黄金シリーズ

 昭和55(1980)年2月2日(土曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島スポーツセンター
□シングルマッチ/ノンタイトル(時間無制限1本勝負)
  スタン・ハンセン(13分16秒、反則勝ち)アントニオ猪木
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

 昭和55(1980)年2月7日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(12分40秒、両者リングアウト)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

 昭和55(1980)年2月8日(金曜日)、東京都渋谷区/東京都体育館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)
  スタン・ハンセン(17分12秒、リングアウト)アントニオ猪木
   ※第16代王者A猪木が28度目の防衛に失敗。S・ハンセンが第17代王者になる。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王座は懸けられていない。

ビッグ・ファイト・シリーズ

 昭和55(1980)年4月3日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)
  アントニオ猪木(12分55秒、体固め)スタン・ハンセン
   ※第17代王者S・ハンセンが初防衛に失敗。A猪木が第18代王者になる。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王座は懸けられていない。

 昭和55(1980)年4月4日(金曜日)、神奈川県川崎市/川崎市体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(10分7秒、両者リングアウト)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

第3回MSGシリーズ

 昭和55(1980)年5月9日(金曜日)、福岡県福岡市/福岡スポーツセンター
□NWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)
  アントニオ猪木(17分3秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
   ※第18代王者A猪木が初防衛に成功する。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級&UWA認定世界ヘビー級王座は懸けられていない。

 昭和55(1980)年5月29日(木曜日)、岡山県岡山市/岡山武道館
□MSGシリーズリーグ戦/ノンタイトル(45分1本勝負)
  アントニオ猪木(9分18秒、両者リングアウト)スタン・ハンセン
   ※A猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級&UWA認定世界ヘビー級王者。

 昭和55(1980)年6月5日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□MSGシリーズ優勝戦/ノンタイトル(時間無制限1本勝負)
  アントニオ猪木(7分49秒、反則勝ち)スタン・ハンセン
   ※A猪木が優勝する。猪木はNWF認定ヘビー級&WWF認定世界マーシャルアーツヘビー級&UWA認定世界ヘビー級王者。

ブラディ・ファイト・シリーズ

 昭和55(1980)年9月11日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)
  アントニオ猪木(17分47秒、リングアウト)スタン・ハンセン
   ※第18代王者A猪木が3度目の防衛に成功する。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級&UWA認定世界ヘビー級王座は懸けられていない。

 昭和55(1980)年9月25日(木曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)
  アントニオ猪木(10分49秒、逆さ押さえ込み)スタン・ハンセン
   ※第18代王者A猪木が4度目の防衛に成功する。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級&UWA認定世界ヘビー級王座は懸けられていない。

[昭和56(1981)年]

WWFビッグ・ファイト・シリーズ第2弾

 昭和56(1981)年4月17日(金曜日)、鹿児島県鹿児島市/鹿児島県総合体育センター体育館
□NWF認定ヘビー級選手権試合(60分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
  アントニオ猪木(13分24秒、没収試合)スタン・ハンセン
   ※第15代王者A猪木が9度目の防衛に失敗。王座は剥奪される。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王座は懸けられていない。

 昭和56(1981)年4月23日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□NWF認定ヘビー級王座決定戦(60分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
  アントニオ猪木(12分56秒、体固め)スタン・ハンセン
   ※A猪木が第16代王者になる。猪木は王座をコミッショナーに返上する。猪木の保持するWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王座は懸けられていない。

第4回MSGシリーズ

 昭和56(1981)年5月20日(水曜日)、岐阜県岐阜市/岐阜市民センター
□MSGリーグ公式戦/ノンタイトル(30分1本勝負)
  スタン・ハンセン(11分43秒、リングアウト)アントニオ猪木
   ※A猪木はWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

 昭和56(1981)年6月4日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□MSGシリーズ優勝戦/ノンタイトル(時間無制限1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
  アントニオ猪木(7分45秒、リングアウト)スタン・ハンセン
   ※A猪木が優勝する。猪木はWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級王者。

ブラディ・ファイト・シリーズ

 昭和56(1981)年9月18日(金曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(60分1本勝負)
  アントニオ猪木(12分46秒、両者リングアウト)スタン・ハンセン
   ※A猪木はWWF認定世界マーシャルアーツヘビー級級王者。

 昭和56(1981)年11月から12月にかけて開催された「第2回MSGタッグ・リーグ戦」を最後に、ハンセンはそれまで看板レスラーとして大暴れしていた新日本プロレスを離れます。
 当時のプロレス界は、新日本プロレスと全日本プロレスによる激しい外国人レスラーの「引き抜き合戦」の真っ只中でした。全日本プロレスのエースだったアブドーラ・ザ・ブッチャーを新日本に引き抜かれたジャイアント馬場が、その「報復」として目を付けたのが、新日本の至宝であり猪木の宿敵だったハンセンだったのです。
 昭和56(1981)年12月13日、全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」最終戦のリングに、誰もが予想だにしない衝撃の事件が起こります。新日本のトップだったはずのハンセンが、突如として全日本の会場に乱入したのです。テリー・ファンクをウエスタン・ラリアットで衝撃的にKOし、全日本への電撃移籍を強烈にアピールしたこのシーンは、今もプロレス史に残る最大のサプライズとして語り継がれています。
 こうしてハンセンは、翌年の昭和57(1982)年1月から2月に開催された「新春ジャイアント・シリーズ」から、全日本プロレスへと本格的に転戦しました。ハンセンの電撃移籍によって、新日本プロレスのリングでファンを熱狂させた「猪木 vs ハンセン」の黄金カードは、突如として終止符を打たれることになります。これ以降、団体間の高い壁に阻まれ、ふたたび両者がリング上で対戦することはありませんでした。

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