木戸修 対 藤原喜明

 木戸修は、昭和44年2月21日、日本プロレスの後楽園ホール大会において北沢幹之を相手にデビュー戦を行いました。その後、アントニオ猪木が日本プロレスから除名されると、藤波辰巳とともに同団体を退団。昭和47年3月の新日本プロレス旗揚げに合流します。一方の藤原喜明は、その旗揚げの年に新日本プロレスへ入門し、同年11月12日に和歌山県白浜町で藤波を相手にデビューを飾りました。前座戦線を支えた二人は、昭和58年5月23日までに新日本プロレスのマットで実に51回ものシングルマッチを行っていますが、そのすべてにおいて木戸修が全勝するという驚異的な記録が残っています。

 昭和59年4月にUWF(ユニバーサル・レスリング・フェデレーション)が産声をあげると、藤原は「オープニング・シリーズ」の最終戦への特別参加を経て、6月に正式移籍を果たします。さらに同年10月の「ストロング・ウィークス」からは木戸もここに加わりました。新天地で火花を散らす両者は、翌昭和60年の2月18日、7月25日、9月6日に3度にわたって激突。初戦こそ木戸が勝利したものの、続く2試合は藤原がついに悲願のギブアップ勝ちを奪い、長年破れなかった木戸の壁を打ち破りました。しかし、団体は同年9月11日の後楽園ホール大会を最後に活動を休止し、事実上の解散へと追い込まれます。

 昭和61年を迎えると、佐山聡を除くUWFのメンバーは再び新日本プロレスのマットへと上陸します。その幕開けとなった「ニューイヤー・ダッシュ'86」では、アントニオ猪木の対戦相手を決める「UWF代表者決定リーグ戦」が開催されました。このリーグ戦で両者は2度のシングルマッチを行いますが、いずれも意地と意地がぶつかり合う両者リングアウトに終わり、決着はつきませんでした。その後、平成元年になると藤原は新生UWFへ移籍。新日本プロレスに残留した木戸とは、ここから対照的なプロレス人生を歩むことになります。

 運命の糸が二人を再び手繰り寄せたのは、平成5年6月14日のことでした。「プロフェッショナルレスリング藤原組」を率いる藤原が新日本プロレスに特別参加し、大阪府立体育会館で木戸との一騎打ちが実現。ここでは藤原が勝利を収めます。さらに翌年の8月、新日本プロレスの真夏の祭典「G1クライマックス」に藤原が参戦。8月4日の両国国技館において、1年ぶりとなるシングルマッチが組まれました。この一戦では、木戸が代名詞である名人芸「キドクラッチ」を鮮やかに炸裂させ、意地のリベンジを果たしました。

 それから11年の歳月が流れた平成17年9月11日、両者にとって生涯最後となるシングルマッチが「ビッグマウス・ラウド」の旗揚げ戦で行われました。思い出の後楽園ホールのリングに立った二人は、15分間という限られた時間の中で互いの生き様をぶつけ合い、時間切れ引き分けという大団円でその激闘の歴史に幕を閉じました。

[昭和48(1973)年]

新春バッファロー・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和48(1973)年1月21日(日曜日)、福岡県筑紫野市/筑紫野市役所駐車場(移動体育館)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(3分18秒、体固め)藤原喜明

ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和48(1973)年4月12日(木曜日)、宮城県仙台市/宮城県スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(8分45秒、体固め)藤原喜明

[昭和49(1974)年]

闘魂シリーズ第1弾(新日本プロレス)

 昭和49(1974)年9月25日(水曜日)、島根県浜田市/浜田市民会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分17秒、片エビ固め)藤原喜明

[昭和50(1975)年]

新春黄金シリーズ(新日本プロレス)

 昭和50(1975)年1月26日(日曜日)、長崎県島原市/島原市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分13秒、片エビ固め)藤原喜明

ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和50(1975)年3月6日(木曜日)、千葉県船橋市/船橋ヘルスセンター・ローラースケート場
□第2回ワールドリーグ戦出場資格争奪戦(20分1本勝負)
  木戸修(8分42秒、片エビ固め)藤原喜明

[昭和51(1976)年]

ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和51(1976)年2月25日(水曜日)、青森県弘前市/弘前市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(7分9秒、体固め)藤原喜明

闘魂シリーズ第2弾(新日本プロレス)

 昭和51(1976)年11月19日(金曜日)、大阪府寝屋川市/寝屋川市立市民体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(11分33秒、体固め)藤原喜明

 昭和51(1976)年11月26日(金曜日)、宮崎県都城市/都城運動公園体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(13分19秒、体固め)藤原喜明

 昭和51(1976)年12月8日(水曜日)、神奈川県横浜市/横浜文化体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(12分56秒、片エビ固め)藤原喜明

[昭和52(1977)年]

新春黄金シリーズ(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年1月10日(月曜日)、長野県松本市/長野県営松本運動公園体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分35秒、片エビ固め)藤原喜明

 昭和52(1977)年1月30日(日曜日)、愛知県豊橋市/豊橋市体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(10分2秒、片エビ固め)藤原喜明

第4回ワールド・リーグ戦(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年3月17日(木曜日)、新潟県燕市/燕市民体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(8分22秒、体固め)藤原喜明

 昭和52(1977)年3月31日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(9分50秒、体固め)藤原喜明

ゴールデン・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年5月10日(火曜日)、熊本県多良木町/旧熊本県立多良木高等学校跡
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(9分22秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和52(1977)年6月1日(水曜日)、愛知県名古屋市/愛知県体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分1秒、片エビ固め)藤原喜明

アジア・チャンピオン・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年8月1日(月曜日)、埼玉県越谷市/越谷市立体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分13秒、片エビ固め)藤原喜明

闘魂シリーズ(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年8月30日(火曜日)、埼玉県三郷市/亀有信用金庫三郷支店前広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分52秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和52(1977)年9月5日(月曜日)、兵庫県明石市/兵庫県立明石公園陸上競技場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(9分19秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和52(1977)年9月12日(月曜日)、鹿児島県鹿児島市/鹿児島県総合体育センター体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分8秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和52(1977)年9月27日(火曜日)、栃木県宇都宮市/宇都宮市体育館(宇都宮市スポーツセンター)
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(9分24秒、片エビ固め)藤原喜明

[昭和53(1978)年]

新春黄金シリーズ(新日本プロレス)

 昭和53(1978)年1月7日(土曜日)、埼玉県加須市/加須市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分18秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

 昭和53(1978)年1月12日(木曜日)、愛知県半田市/半田市民ホール
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(15分56秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和53(1978)年2月3日(金曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分6秒、回転エビ固め)藤原喜明

ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和53(1978)年3月4日(土曜日)、千葉県千葉市/千葉県総合運動場体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(9分55秒、エビ固め)藤原喜明

サマー・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和53(1978)年7月6日(木曜日)、福島県浪江町/浪江町体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分43秒、体固め)藤原喜明

 昭和53(1978)年7月15日(土曜日)、北海道根室市/根室市青少年センター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分10秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

 昭和53(1978)年7月26日(水曜日)、和歌山県串本町/串本駅前広場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(9分5秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

ゴールデン・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和53(1978)年9月13日(水曜日)、熊本県熊本市/熊本市体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分39秒、エビ固め)藤原喜明

 昭和53(1978)年9月25日(月曜日)、茨城県境町/境町民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分9秒、エビ固め)藤原喜明

闘魂シリーズ(新日本プロレス)

 昭和53(1978)年10月19日(木曜日)、京都府長岡京市/イズミヤ長岡ショッピングセンター駐車場
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分45秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

[昭和54(1979)年]

ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和54(1979)年3月16日(金曜日)、沖縄県那覇市/沖縄県立奥武山公園体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分59秒、回転エビ固め)藤原喜明

ブラディ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和54(1979)年9月6日(木曜日)、福岡県福岡市/福岡スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分31秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和54(1979)年9月27日(木曜日)、岡山県岡山市/岡山武道館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(11分19秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

[昭和55(1980)年]

サマー・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和55(1980)年6月25日(水曜日)、北海道函館市/函館市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分52秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

サマー・ファイト・シリーズ追撃戦(新日本プロレス)

 昭和55(1980)年7月25日(金曜日)、岡山県倉敷市/水島緑地福田公園体育館(倉敷中央体育館)
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(12分18秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

ブラディ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和55(1980)年8月24日(日曜日)、東京都大田区/田園コロシアム
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分48秒、回転エビ固め)藤原喜明

第1回MSGタッグ・リーグ戦(新日本プロレス)

 昭和55(1980)年11月21日(金曜日)、神奈川県横浜市/横浜文化体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分39秒、回転エビ固め)藤原喜明

 昭和55(1980)年11月26日(水曜日)、青森県弘前市/弘前市民体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分56秒、回転エビ固め)藤原喜明

[昭和56(1981)年]

新春黄金シリーズ(新日本プロレス)

 昭和56(1981)年2月3日(火曜日)、岡山県岡山市/岡山武道館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分53秒、回転エビ固め)藤原喜明

WWFビッグ・ファイト・シリーズ第1弾(新日本プロレス)

 昭和56(1981)年3月20日(金曜日)、福島県会津若松市/福島県営会津体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  木戸修(11分54秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

 昭和56(1981)年3月26日(木曜日)、静岡県清水市/鈴与記念体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分47秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

第4回MSGシリーズ(新日本プロレス)

 昭和56(1981)年5月9日(土曜日)、静岡県焼津市/焼津スケートセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(8分40秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

 昭和56(1981)年5月22日(金曜日)、福岡県福岡市/福岡スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分53秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

[昭和57(1982)年]

第5回MSGシリーズ(新日本プロレス)

 昭和57(1982)年3月26日(金曜日)、広島県広島市/広島県立体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分46秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

 昭和57(1982)年3月29日(月曜日)、島根県松江市/松江市総合体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分49秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

サマー・ファイト・シリーズ第1弾(新日本プロレス)

 昭和57(1982)年7月6日(火曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分31秒、回転エビ固め)藤原喜明

ブラディ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和57(1982)年9月14日(火曜日)、長野県諏訪市/諏訪湖スポーツセンター体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(10分48秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

第3回MSGタッグ・リーグ戦(新日本プロレス)

 昭和57(1982)年11月29日(月曜日)、岐阜県岐阜市/岐阜産業会館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分37秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

[昭和58(1983)年]

ブラディ・ファイト・シリーズ第1弾(新日本プロレス)

 昭和58(1983)年3月22日(火曜日)、福岡県北九州市/北九州市立若松文化体育館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(12分2秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

IWGP決勝リーグ(新日本プロレス)

 昭和58(1983)年5月6日(金曜日)、福岡県福岡市/福岡スポーツセンター
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分10秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

 昭和58(1983)年5月23日(月曜日)、岡山県岡山市/岡山武道館
□シングルマッチ(20分1本勝負)
  木戸修(11分46秒、逆さ押さえ込み)藤原喜明

[昭和60(1985)年]

パンクラチオン・ロード(UWF)

 昭和60(1985)年2月18日(月曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□格闘技ロード公式リーグ戦(60分1本勝負)
  木戸修(26分35秒、膝十字固め)藤原喜明

格闘熱帯ロード(UWF)

 昭和60(1985)年7月25日(木曜日)、東京都大田区/大田区体育館
□UWF公式リーグ戦/Aリーグ(60分1本勝負)
  藤原喜明(16分30秒、逆十字固め)木戸修

格闘プロスペクト(UWF)

 昭和60(1985)年9月6日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□格闘プロスペクトAリーグ公式戦(60分1本勝負)、レフェリー:ミスター空中
  藤原喜明(17分42秒、羽根折り腕固め)木戸修

[昭和61(1986)年]

ニューイヤー・ダッシュ’86(新日本プロレス)

 昭和61(1986)年1月4日(土曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□UWF代表者決定リーグ戦(30分1本勝負)
  藤原喜明(16分32秒、両者リングアウト)木戸修

 昭和61(1986)年1月28日(火曜日)、愛知県名古屋市/名古屋市露橋スポーツセンター
□UWF代表者決定リーグ戦(30分1本勝負)
  藤原喜明(12分18秒、両者リングアウト)木戸修

[平成5(1993)年]

エクスプロージョン・ツアー’93(新日本プロレス)

 平成5(1993)年6月14日(月曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(60分1本勝負)
  藤原喜明(13分10秒、腹固め)木戸修

[平成6(1994)年]

G1クライマックス(新日本プロレス)

 平成6(1994)年8月4日(木曜日)、東京都墨田区/両国国技館
□G1クライマックス[Aブロック]公式リーグ戦(30分1本勝負)
  木戸修(9分46秒、キドクラッチ)藤原喜明

[平成17(2005)年]

BIG MOUTH ILLUSION ~BIG MOUTH LOUD 旗揚げ試合~(ビッグマウス・ラウド)

 平成17(2005)年9月11日(日曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□スペシャルオープニングマッチ/UWFレジェンド(15分1本勝負)、レフェリー:柴田勝久
  木戸修(時間切れ)藤原喜明

 新日本プロレスの前座戦線から始まり、UWFという激動の時代を経て、別々の道を歩みながらも要所で交錯し続けた木戸修と藤原喜明。通算50回を超えるシングルマッチの歴史は、まさに昭和から平成へと続いたプロレス界の縮図そのものでした。

 派手な空中殺法や過激なマイクパフォーマンスとは無縁でありながら、ただ純粋に「レスリング」の技術と意地でファンを魅了し続けた二人。キドクラッチに代表される木戸の緻密な職人技と、関節技の鬼と恐れられた藤原のリアリズムが織りなす空間は、常に目の肥えた観客を唸らせる至高の格闘芸術でした。

 平成17年の最終戦から長い年月が流れた今もなお、二人がキャンバスに刻んだ足跡が色褪せることはありません。彼らが魅せた「Uの魂」と「ストロングスタイル」の神髄は、今も昭和プロレスを愛するファンの胸の中で、伝説のライバルストーリーとして熱く生き続けています。

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