ジャイアント馬場 対 吉村道明

 昭和35年9月30日、台東体育館にて田中米太郎を相手にデビュー戦を行った馬場正平(ジャイアント馬場)は、それから約9か月後となる昭和36年6月9日、早くも日本陣営ナンバー3の実力者であった吉村道明とのシングルマッチに臨んでいます。

 同じ日にデビューした猪木完至(アントニオ猪木)が吉村と初めて対戦したのは昭和37年5月13日のことでした。この事実と比較すると、馬場の対吉村戦は猪木よりも1年も早いタイミングで実現していたことになります。

[昭和36(1961)年]


=第3回ワールド大リーグ戦=

 昭和36年6月9日(金曜日)、香川県高松市/高松市体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  吉村道明(6分12秒、体固め)馬場正平

 6月9日の高松大会での一戦は、吉村の快勝でした。この日の試合はテレビで全国に放映されましたが、馬場の試合は放映の枠外であったと思われます。第1メインイベントでは力道山とグレート東郷がジム・ライト、アイク・アーキンス組と戦い、第2メインイベントでは「ワールドリーグ戦挑戦者決定トーナメント決勝戦」としてミスター・X(ビル・ミラー)とグレート・アントニオが対戦しています。またこの日のリング上で、馬場正平、鈴木幸雄、芳の里淳三の3人の米国遠征が発表されました。

 昭和36年7月1日の9時30分羽田発ロサンゼルス行きの日航機で、馬場、鈴木、芳の里は米国本土に向かいました。そのため、しばらくは吉村対馬場が行われることはありませんでした。ふたたび両者が激突したのは初対戦の2年後です。第5回ワールド大リーグ戦参加のために凱旋帰国した馬場は、このシリーズで吉村を相手にシングルマッチを3回行っています。


[昭和38(1963)年]

=東京オリンピック協賛、第5回ワールド大リーグ戦=

 昭和38年5月7日(火曜日)、北海道旭川市/旭川市体育館
□シングルマッチ(45分3本勝負)
  吉村道明(1-1)ジャイアント馬場
   ①吉村(15分26秒、体固め)馬場
   ②馬場(5分20秒、体固め)吉村
   ③吉村(時間切れ)馬場

 まずはシリーズ第42戦の旭川大会(5月7日)でセミファイナルとして行われています。1本目は吉村が馬場の左腕をアームロックで絞り上げます。守勢に回った馬場は隙をみてパンチ、キックで反撃し、吉村をロープに飛ばすと強烈な体当たりを3回見舞いました。しかし、うまくかわした吉村は十八番のドロップキック3連発で先制しました。
 2本目は馬場が奮起します。腰投げ3連発からチンロックで吉村のスタミナを奪うと、グロッキーの吉村をロープに振り、はね返るところにボディスラム1発、さらにココナッツクラッシュの連発でタイに追いつきました。
 3本目は吉村が逆十字固めで攻め込みましたが、両者の疲労が激しく、膝をついたままでパンチとチョップの応酬となりました。しかし、ともに決め手を欠きタイムアップとなっています。


 昭和38年5月12日(日曜日)、栃木県宇都宮市/宇都宮市体育館(宇都宮スポーツセンター)
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  吉村道明(時間切れ)ジャイアント馬場

 宇都宮で両者が対戦したのは5月12日のシリーズ第45戦です。この日は1本勝負で行われましたが、時間切れの引き分けとなっています。


 昭和38年5月15日(水曜日)、東京都立川市/立川競輪場
□シングルマッチ(45分3本勝負)
  吉村道明(1-1)ジャイアント馬場
   ①馬場(22分9秒、体固め)吉村
   ②吉村(10分0秒、逆さ押さえ込み)馬場
   ③吉村(時間切れ)馬場

 このシリーズ最後の一騎打ちは5月15日のシリーズ第48戦の立川大会のセミファイナルです。1本目は吉村がドロップキックを放ちましたが、馬場はびくともしません。逆に20分過ぎに馬場がココナッツクラッシュとキックの連打で吉村をグロッキーに追い込みます。止めはボディスラムからのニードロップで吉村の息の根を止めました。
 2本目はスタートから馬場が飛ばします。吉村をロープに飛ばすと、返りざまに強烈なクローホールドを見舞い、そして再びロープに振ってクローに捕らえました。しかし、3回目は逆に吉村のドロップキックに飛ばされます。吉村は馬場を飛び越すと一転して逆さ押さえ込み(前方回転エビ固め?)でフォールを奪いました。
 3本目は両者ともにパンチ、空手と同じ技を応酬しましたが、時間内の決着には至りませんでした。


=オリンピック協賛、プロレス国際戦・夏の陣=

 昭和38年7月29日(月曜日)、神奈川県川崎市/川崎球場
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  吉村道明(時間切れ)ジャイアント馬場

 WWA世界選手権シリーズ、オリンピック基金募集プロレス試合、力道山結婚記念プロレス大会では両者の対戦は組まれませんでしたが、引き続いて行われた「プロレス国際戦・夏の陣」では両者のシングルマッチが5回行われました。まず7月29日の川崎大会では両者はフルタイム戦って引き分けとなっています。

 昭和38年8月5日(月曜日)、大阪府豊中市/豊中市立大門公園
□シングルマッチ(45分3本勝負)
  吉村道明(2-1)ジャイアント馬場
   ①馬場(15分45秒、体固め)吉村
   ②吉村(9分36秒、体固め)馬場
   ③吉村(0分0秒、試合放棄)馬場

 8月5日の豊中大会はセミファイナルの3本勝負でした。1本目は試合開始直後に両者が左右のロープに飛んで観客を沸かせます。吉村は首投げから十八番のドロップキックを出しますが決め手にはならず、両者の一進一退の攻防が続きました。馬場は冷静に吉村のドロップキックを自爆させると、豪快なボディスラムの連発、そしてニードロップを落とすと吉村は立ち上がれませんでした。
 2本目はスタートから両者がエキサイトして、パンチ、キック、かきむしりの応酬となります。馬場は再度のニードロップからココナッツクラッシュを出しますが、吉村はそれを跳ね返しました。そして強烈なドロップキックの連打を受け、馬場は後頭部をロープに叩きつけられ、吉村に首投げからフォールを奪われます。
 3本目は馬場が完全に戦意を喪失し、コーナーから立ち上がることができませんでした。


 昭和38年8月7日(水曜日)、長野県飯田市/今宮球場
□シングルマッチ(45分3本勝負)
  吉村道明(1-1)ジャイアント馬場
   ①吉村(20分32秒、体固め)馬場
   ②馬場(14分36秒、体固め)吉村
   ③吉村(時間切れ)馬場

 2日後の8月7日に開催される飯田大会にて、両者はセミファイナルの3本勝負で激突します。
 1本目は、開始早々から両者がエキサイトする展開となりました。吉村は、馬場のノド輪攻めをタックルで切り返すと、逆エビ固めで猛攻を仕掛けます。その後も目まぐるしい技の応酬が続きました。馬場のニースタンプをかわした吉村は、相手の腕を取り、一気に空手チョップを連打します。さらに、そこからドロップキックを決めてそのまま押さえ込み、1本目を先取しました。
 続く2本目は、馬場の凄まじい反撃が見られる展開となります。吉村をコーナーに詰めると、ニースタンプからハンマー投げへと繋ぎます。食い下がる吉村に対し、さらにココナッツクラッシュを炸裂させました。勢いに乗る馬場は、のど元へのニードロップを4発も的中させ、試合をタイに戻します。
 運命の3本目は、両者が持てる力を全て尽くした攻防となりました。しかし、互いに決定打を奪うことができず、激闘のまま幕を閉じました。

 昭和38年8月10日(土曜日)、東京都大田区/田園コロシアム
□シングルマッチ(45分3本勝負)
  吉村道明(1-1)ジャイアント馬場
   ①馬場(20分51秒、体固め)吉村
   ②吉村(10分55秒、体固め)馬場
   ③吉村(時間切れ)馬場

 8月10日の大田区の田園コロシアムでは、メインエベントでサニー・マイヤース、ドン・ジャーディン組が力道山、豊登組に挑戦するアジアタッグ選手権試合が行われましたが、そのセミファイナルで吉村と馬場が顔を合わせました。
 1本目は馬場が吉村をアームロックに捕らえると、吉村もリストロックで切り返します。両者は同時に反対方向のロープに飛んで、タックルの構えを見せて観客を沸かせます。パンチ、ボディスラム、キック、ネックブリーカー、ココナッツクラッシュと、互いに技の応酬を見せました。20分過ぎに馬場がラッシュを仕掛けます。ニースタンプ、ココナッツクラッシュからニードロップを吉村のノドに決めて先制しました。
 2本目は吉村が馬場のニードロップを失敗させ、十八番のドロップキックを決めて1-1にします。
 決勝の3本目は両者が空手チョップ、パンチ、クロー攻撃の応酬を見せましたが、あっというまにタイムアップとなってしまいました。

 昭和38年8月15日(木曜日)、山梨県甲府市/山梨県営飯田町グラウンド
□シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:九州山
  吉村道明(2-1)ジャイアント馬場
   ①吉村(17分35秒、体固め)馬場
   ②馬場(1分7秒、体固め)吉村
   ③吉村(1分24秒、片エビ固め)馬場

 8月15日の甲府大会もセミファイナルの3本勝負です。
 1本目は吉村の豪快な巻き投げで試合がスタートし、馬場の巨体が大きく宙を舞いました。馬場はトーホールドと股裂きで吉村を攻め立てます。さらにボディシザーズドロップ、チンロックと馬場の攻撃が続きました。しかし吉村は、上から覆いかぶさってくる馬場の顎に強烈なキックを叩き込み、これで1本を先取しました。
 2本目開始のゴングが鳴るやいなや、馬場は吉村の額の絆創膏を引きはがし、傷口にナックルパンチを連打します。吉村は大出血を強いられました。さらにココナッツクラッシュから首筋にニードロップを落とし、馬場が試合をタイに持ち込みます。
 3本目、気合は十分ですが身体が思うように動かない吉村は、十八番のドロップキックを失敗してしまいます。そこに馬場がニースタンプを叩き込み、吉村の敗色が濃くなってゆきました。しかし、吉村はロープに飛んで回転エビ固めを狙います。汗で滑って体勢は崩れたものの、片エビ固めで馬場を押さえ込みました。そのまま吉村はマットに大の字となりました。

=オリンピック協賛、秋季ワールド戦=

 昭和38年9月27日(金曜日)、山形県山形市/山形県体育館
□シングルマッチ(30分1本勝負)
  吉村道明(11分55秒、反則勝ち)ジャイアント馬場

 続夏の陣では対戦がありませんでしたが、秋季ワールド戦では1回だけ行われています。第7戦の山形大会では、両者は30分1本勝負でぶつかりました。この試合は馬場が珍しくエキサイトし、反則負けとなっています。この日の試合は全国にテレビで生中継されていますが、両者の対戦も一部が放映された可能性があります。

 秋季ワールド戦の第12戦(10月2日)が終了すると、馬場はふたたび米国へと旅立ちます。そして次に日本のマットに上がったのは、翌年4月3日から始まった第6回ワールドリーグ戦です。豊登に次ぐ準エースとなった馬場は、来日する外国人相手に豪快なレスリングを続けました。やがて豊登が日本プロレスを去ると、エースとしての地位をしっかりと確立しました。このころには、日本人の主力同士のシングルマッチはまったく行われなくなりました。

[昭和41(1966)年]

=第8回ワールド大リーグ戦前夜祭=

 昭和41年3月25日(金曜日)、東京都渋谷区/リキ・スポーツ・パレス
□エキシビションマッチ/ノンタイトル(10分1本勝負)
  ジャイアント馬場(時間切れ)吉村道明
   ※G馬場はWWA認定インターナショナルヘビー級王者。

 突然馬場と吉村のシングルマッチが組まれたのは、昭和41年3月に行なわれた第8回ワールドリーグ戦の前夜祭でした。リキ・スポーツ・パレスで行なわれたこの大会では、馬場対吉村の他に、ペドロ・モラレス対ドン・ルーインという外国人選手同士の対戦も組まれました。

[昭和43(1968)年]

=ダイナミック・シリーズ特別試合=

 昭和43年2月16日(曜日)、東京都文京区/後楽園ホール
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)、レフェリー:アントニオ猪木
  ジャイアント馬場(15分36秒、逆さ押さえ込み)吉村道明
   ※G馬場はWWA認定インターナショナルヘビー級王者。

 その後、このような日本人主力選手同士のシングルマッチは実現されないものだと思われていましたが、思わぬ状況が日本プロレスに発生します。
 昭和43年2月16日のダイナミック・シリーズ第1戦の後楽園ホールのリングには、ディック・ザ・ブルーザー、バディ・オースチン、ハーリー・レイス、ディック・マードック、テネシー・レベル(マイク・パドーシス)、バロン・シクルナの6強豪が立つはずでした。しかし、当日の東京は大雪となります。外国人レスラーを乗せた旅客機は東京国際空港(羽田空港)に下りられず、旧千歳空港(現千歳基地)に着陸しました。そのため、外国人なしの興行をせざるを得ませんでした。
 メインエベントで4年5か月ぶりとなった両者の対決は、アントニオ猪木をレフェリーとして行われました。結果はエースの馬場が逆さ押さえ込みで吉村から初めての勝利を奪っています。この試合以降に両者が対戦した記録は残っていません。

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