坂口征二 対 アンドレ・ザ・ジャイアント

 坂口征二とアンドレ・ザ・ジャイアントによる、昭和のマット界を揺るがした超巨漢対決の記録をお届けします。新日本プロレスの黄金期を支え、「世界の荒鷲」として日本プロレス界の誇りを示し続けた坂口征二。そして、「大巨人」の異名を持ち、その圧倒的なスケールとパワーで世界を震撼させたアンドレ・ザ・ジャイアント。196センチメートルの体躯を誇る坂口と、2メートルを超える大巨人による肉弾戦は、常にリングが狭く感じられるほどのド迫力に満ちており、ファンを熱狂の渦に巻き込みました。ここでは、昭和49(1974)年から昭和61(1986)年にわたる、規格外の2人が繰り広げたシングルマッチの全軌跡を振り返ります。

[昭和49(1974)年]

創立2周年記念ビッグ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和49(1974)年3月19日(火曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□シングルマッチ(60分1本勝負)、レフェリー:ミスター高橋
  坂口征二(16分45秒、両者リングアウト)アンドレ・ザ・ジャイアント

闘魂シリーズ第2弾(新日本プロレス)

 昭和49(1974)年12月8日(日曜日)、愛知県刈谷市/刈谷市体育館
□シングルマッチ(60分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(12分33秒、片エビ固め)坂口征二

[昭和50(1975)年]

ゴールデン・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和50(1975)年6月5日(木曜日)、北海道札幌市/北海道立札幌中島スポーツセンター
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  坂口征二(12分31秒、両者リングアウト)アンドレ・ザ・ジャイアント

[昭和51(1976)年]

闘魂シリーズ(新日本プロレス)

 昭和51(1976)年9月21日(火曜日)、北海道滝川市/滝川市青年体育センター
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(7分26秒、体固め)坂口征二

 昭和51(1976)年10月1日(金曜日)、愛知県西尾市/西尾市体育館
□シングルマッチ(60分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(8分37秒、体固め)坂口征二

[昭和52(1977)年]

ゴールデン・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年5月13日(金曜日)、石川県小松市/小松市体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(10分22秒、体固め)坂口征二

’77闘魂シリーズ第2弾(新日本プロレス)

 昭和52(1977)年10月29日(土曜日)、新潟県上越市/上越市厚生北会館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(9分12秒、体固め)坂口征二

 昭和52(1977)年11月7日(月曜日)、北海道釧路市/釧路市厚生年金体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(9分16秒、体固め)坂口征二

[昭和53(1978)年]

第1回MSGシリーズ(新日本プロレス)

 昭和53(1978)年5月6日(土曜日)、沖縄県沖縄市/沖縄市体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(12分5秒、体固め)坂口征二

 昭和53(1978)年5月26日(金曜日)、香川県高松市/高松市民文化センター
□MSG決勝リーグ戦(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(10分34秒、リングアウト)坂口征二

 昭和53(1978)年6月1日(木曜日)、東京都千代田区/日本武道館
□シングルマッチ(60分1本勝負)
  坂口征二(8分1秒、両者リングアウト)アンドレ・ザ・ジャイアント

[昭和54(1979)年]

第2回MSGシリーズ(新日本プロレス)

 昭和54(1979)年5月28日(月曜日)、岩手県釜石市/新日本製鐵釜石製鐵所新日鉄体育館(小川体育館)
□MSGシリーズ決勝リーグ戦/ノンタイトル(45分1本勝負)
  坂口征二(7分27秒、両者リングアウト)アンドレ・ザ・ジャイアント
   ※坂口征二はNWF認定北米ヘビー級王者。

[昭和55(1980)年]

第3回MSGシリーズ(新日本プロレス)

 昭和55(1980)年5月23日(金曜日)、宮城県迫町/迫町民体育館
□MSGシリーズリーグ戦/ノンタイトル(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(8分30秒、リングアウト)坂口征二
   ※坂口征二はWWF認定北米ヘビー級王者。

 昭和55(1980)年6月5日(木曜日)、東京都台東区/蔵前国技館
□MSGシリーズ優勝戦進出者決定トーナメント1回戦/ノンタイトル(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分37秒、体固め)坂口征二
   ※A・ザ・ジャイアントが優勝戦進出者決定トーナメント2回戦進出を決める。坂口征二はWWF認定北米ヘビー級王者。

第1回MSGタッグ・リーグ戦(新日本プロレス)

 昭和55(1980)年11月30日(日曜日)、愛知県岡崎市/岡崎市体育館
□シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分25秒、体固め)坂口征二
   ※坂口征二はWWF認定北米ヘビー級王者。

[昭和56(1981)年]

ブラディ・ファイト・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和56(1981)年9月6日(日曜日)、群馬県館林市/羽衣会館広場
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(3分42秒、体固め)坂口征二

 昭和56(1981)年9月9日(水曜日)、青森県五所川原市/五所川原市民体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(5分50秒、体固め)坂口征二

 昭和56(1981)年9月16日(水曜日)、福井県福井市/福井市体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分26秒、体固め)坂口征二

第2回MSGタッグ・リーグ戦(新日本プロレス)

 昭和56(1981)年11月30日(月曜日)、愛知県岡崎市/岡崎市体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分53秒、体固め)坂口征二

[昭和57(1982)年]

第5回MSGシリーズ(新日本プロレス)

 昭和57(1982)年3月20日(土曜日)、大分県大分市/大分県立荷揚町体育館
□MSG公式リーグ戦(30分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分48秒、体固め)坂口征二

サマー・ファイト・シリーズ第1弾(新日本プロレス)

 昭和57(1982)年6月21日(月曜日)、岩手県盛岡市/岩手県営体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分5秒、体固め)坂口征二

 昭和57(1982)年6月26日(土曜日)、北海道遠軽町/遠軽町総合体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(5分30秒、体固め)坂口征二

[昭和59(1984)年]

’84IWGP(新日本プロレス)

 昭和59(1984)年5月16日(水曜日)、佐賀県佐賀市/佐賀スポーツセンター
□スペシャルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(5分10秒、体固め)坂口征二

 昭和59(1984)年5月24日(木曜日)、大阪府大阪市/大阪府立体育会館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(6分3秒、体固め)坂口征二

第5回MSGタッグ・リーグ戦(新日本プロレス)

 昭和59(1984)年11月29日(木曜日)、静岡県清水市/鈴与記念体育館
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(5分17秒、体固め)坂口征二

[昭和60(1985)年]

IWGP&WWFチャンピオン・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和60(1985)年6月9日(日曜日)、岐阜県大垣市/大垣市スポーツセンター
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分20秒、体固め)坂口征二

チャレンジ・スピリット’85(新日本プロレス)

 昭和60(1985)年8月23日(金曜日)、東京都東村山市/東村山市民スポーツセンター
□シングルマッチ(45分1本勝負)
  ジャイアント・マシン(2分9秒、片エビ固め)坂口征二
   ※G・マシンの正体はアンドレ・ザ・ジャイアント。

[昭和61(1986)年]

IWGPチャンピオン・シリーズ(新日本プロレス)

 昭和61(1986)年6月2日(月曜日)、青森県青森市/青森市民体育館
□IWGPヘビー級王座決定リーグ戦(30分1本勝負)
  アンドレ・ザ・ジャイアント(4分49秒、体固め)坂口征二

 昭和49(1974)年の初対決から昭和61(1986)年まで、長期にわたり繰り広げられた激闘の数々はいかがでしたでしょうか。対戦成績が示す通り、大巨人が24勝4分けという圧倒的な強さで坂口の前に立ちはだかり続けました。

 昭和61(1986)年5月~6月の「IWGPチャンピオン・シリーズ」を最後にジャイアントは新日本プロレスから離脱し、WWFのマットのみに上がることになります。そして再びジャイアントが日本マットに登場するのは平成2(1990)年4月13日に東京ドームで行なわれたWWF、新日本プロレス、全日本プロレスによる合同興行、すなわち「日米レスリングサミット」です。その後、日本では全日本プロレスのリングに登場しました。また坂口も平成2(1990)年3月23日をもってレスラー生活にピリオドを打ったため、両者のシングルマッチは昭和61(1986)年6月2日が最後となりました。

 両雄が新日本プロレスのリングでぶつかり合ったあの日々は、まさに昭和プロレスの黄金期を象徴する財産です。日本が誇る巨漢レスラー坂口征二と、世界のトップとして君臨し続けたアンドレ・ザ・ジャイアントによる至高の肉弾戦の記憶が、この記事を通じて皆様の胸に鮮やかによみがえることを願っております。

タイトルとURLをコピーしました