日本のプロレス黄金期を築いた象徴といえば、誰もが「力道山」の名を思い浮かべるでしょう。しかし、その熱狂を支えた幻の聖地が、かつて文京区水道橋に存在したことをご存じでしょうか。その名は「後楽園ジムナジアム(通称:後楽園ジム)」。昭和33(1958)年6月8日にオープンしたこの会場は、実は日本柔道の総本山である「講道館」の本部移転に伴い、昭和8(1933)年に完成した旧水道橋道場を改装して生まれた歴史的な建物でした。
この聖地において、昭和33年11月から翌年5月までのわずか半年の間に、日本のプロレス史に深く刻まれる興行が行われました。それこそが、伝説の「プロレス後楽園シリーズ」です。これは連続した一つの興行ではなく、この新聖地で行われた全10戦の記念すべき熱戦たちを総称したものでした。当時はまだ家庭への普及期にあったテレビ(NTV)が、第3戦を除く9興行で生中継を敢行。お茶の間を文字通り釘付けにした、珠玉の対戦カードの全貌を振り返ります。
【第1章】 新聖地の幕開けと黒船たちの襲来
記念すべき第1戦は、昭和33(1958)年11月21日にゴングが鳴らされました。メインイベントには、当時のプロレス界を席巻していた海外の強豪タッグチーム、スタンリー・コワルスキーとタイニー・ミルズの「巨漢コンビ」を、大相撲の元横綱である東富士と、無類のスタミナを誇る豊登のコンビが迎え撃ちました。
昭和33(1958)年11月21日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第1戦」
1)シングルマッチ(20分1本勝負)
金子武雄 対 吉原功
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
田中米太郎 対 大坪清隆
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
竹村正明 対 玉ノ川
4)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
吉村道明 対 ユセフ・トルコ
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
5)タッグマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)
東富士&豊登 対 スタンリー・コワルスキー&タイニー・ミルズ
※S・コワルスキー&T・ミルズはNWA認定ハワイタッグ王者チーム。
わずか1週間後に行われた第2戦では、シングルマッチの6大カードが組まれ、メインでは東富士がタイニー・ミルズと対峙。個々の実力が試される緊迫した一夜となりました。
昭和33(1958)年11月28日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第2戦」
1)シングルマッチ(20分1本勝負)
吉原功 対 田中米太郎
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
竹村正明 対 金子武雄
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
玉ノ川 対 ユセフ・トルコ
4)シングルマッチ/ノンタイトル(30分1本勝負)
吉村道明 対 長沢秀幸
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
5)シングルマッチ(45分1本勝負)
豊登 対 スタンリー・コワルスキー
6)シングルマッチ(45分1本勝負)
東富士 対 タイニー・ミルズ
【第2章】 国民的英雄・力道山の登場とハワイタッグ王座戦
12月に入ると、ついに日本プロレス界の絶対的エース・力道山が満を持して後楽園ジムのリングに立ちます。テレビ中継が入らなかった幻の第3戦、そして超満員の観客が詰めかけた第4戦。力道山は豊登との黄金コンビを結成し、最強の敵であるコワルスキー&ミルズ組と、ノンタイトル戦ながらも2週にわたる大激突を演じました。
昭和33(1958)年12月19日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第3戦」
1)シングルマッチ(20分1本勝負)
大坪清隆 対 田中米太郎
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
吉原功 対 ユセフ・トルコ
3)シングルマッチ(30分1本勝負)
金子武雄 対 玉ノ川
4)シングルマッチ(20分1本勝負または30分1本勝負)
長沢秀幸 対 ユセフ・トルコ
5)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
吉村道明 対 竹村正明
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
6)タッグマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)
力道山&豊登 対 スタンリー・コワルスキー&タイニー・ミルズ
※S・コワルスキー&T・ミルズはNWA認定ハワイタッグ王者チーム。
昭和33(1958)年12月26日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第4戦」
1)シングルマッチ(20分1本勝負)
大坪清隆 対 樋口寛治
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
吉原功 対 ミスター珍
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
竹村正明 対 山崎次郎
4)シングルマッチ(30分1本勝負)
玉ノ川 対 ユセフ・トルコ
5)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
吉村道明 対 長沢秀幸
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
6)タッグマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)
力道山&豊登 対 スタンリー・コワルスキー&タイニー・ミルズ
※S・コワルスキー&T・ミルズはNWA認定ハワイタッグ王者チーム。
【第3章】 激動の昭和34年――選手権試合と王者の誇り
年が明けた昭和34年、シリーズはさらに過熱します。第5戦では、力道山がタイニー・ミルズを挑戦者に迎え、「JWA認定オールアジアヘビー級選手権試合」を敢行。時間切れ寸前の激闘が繰り広げられました。さらに第6戦では、力道山&豊登組が「NWA認定ハワイタッグ王者」としての威厳をかけて、シモノビッチ&ミルズ組を迎え撃つという豪華なカードが実現しています。
昭和34(1959)年1月9日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第5戦」
1)シングルマッチ(15分1本勝負)
大坪清隆 対 ミスター珍
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
竹村正明 対 田中米太郎
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
吉原功 対 ユセフ・トルコ
4)シングルマッチ(20分1本勝負)
玉ノ川 対 樋口寛治
5)シングルマッチ(20分1本勝負)
長沢秀幸 対 山崎次郎
6)シングルマッチ(45分3本勝負)
豊登 対 スタンリー・コワルスキー
7)JWA認定オールアジアヘビー級選手権試合(61分3本勝負)
力道山 対 タイニー・ミルズ
昭和34(1959)年1月23日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第6戦」
1)シングルマッチ(15分1本勝負)
田中米太郎 対 ミスター珍
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
吉原功 対 大坪清隆
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
山崎次郎 対 鈴木幸雄
4)シングルマッチ(20分1本勝負)
玉ノ川 対 樋口寛治
5)シングルマッチ(30分1本勝負)
竹村正明 対 長沢秀幸
6)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
吉村道明 対 金子武雄
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
7)タッグマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)
力道山&豊登 対 ラッキー・シモノビッチ&タイニー・ミルズ
※力道山&豊登はNWA認定ハワイタッグ王者チーム。
第7戦では、二冠(NWAインターナショナル&オールアジア)を保持する絶対王者・力道山が、ラッキー・シモノビッチとのシングルマッチで圧倒的な強さを見せつけました。
昭和34(1959)年2月6日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第7戦」
1)シングルマッチ(10分1本勝負)
平井光明 対 田中(政克?)
2)シングルマッチ(15分1本勝負)
大坪清隆 対 ミスター珍
3)シングルマッチ(15分1本勝負)
鈴木幸雄 対 樋口寛治
4)シングルマッチ(20分1本勝負)
山崎次郎 対 吉原功
5)シングルマッチ(20分1本勝負)
竹村正明 対 金子武雄
6)シングルマッチ(30分1本勝負)
長沢秀幸 対 玉ノ川
7)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
吉村道明 対 ユセフ・トルコ
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
8)シングルマッチ/ノンタイトル(60分3本勝負)
力道山 対 ラッキー・シモノビッチ
※力道山はNWA認定インターナショナルヘビー級&JWA認定オールアジアヘビー級王者。
【第4章】 歓喜の凱旋と、歴史を祝う特別なゴング
春の足音が聞こえる3月、ブラジル遠征で一回りも二回りも大きくなって帰国した芳の里の「歓迎試合」が第8戦として開催されました。力道山がレフェリーを務めるという贅沢な布陣の中、豪華な6人タッグマッチが組まれ、会場は祝福のムードに包まれました。
昭和34(1959)年3月6日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第8戦/芳の里ブラジル遠征帰国歓迎プロ・レスリング試合」
1)シングルマッチ(30分1本勝負)
竹村正明 対 樋口寛治
2)6人タッグマッチ(60分3本勝負)、レフェリー:力道山
芳の里&ハロルド登喜&金子武雄 対 吉村道明&長沢秀幸&ユセフ・トルコ
そして、シリーズの中で最も歴史的価値を持つのが4月17日の第9戦です。この興行は、当時の皇太子殿下(現在の上皇陛下)のご結婚を祝い、「皇太子御結婚慶祝プロレス試合」として華々しく挙行されました。国中が祝賀ムードに沸く中、マット界もまた独自の戦いで華を添えたのです。
昭和34(1959)年4月17日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第9戦/皇太子御結婚慶祝プロレス試合」
1)シングルマッチ(15分1本勝負)
大坪清隆 対 樋口寛治
2)シングルマッチ(15分1本勝負)
鈴木幸雄 対 玉ノ川
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
竹村正明 対 田中米太郎
4)タッグマッチ(45分3本勝負)
芳の里&ミスター珍 対 長沢秀幸&金子武雄
5)シングルマッチ/ノンタイトル(45分1本勝負)
吉村道明 対 ミスター・アトミック
※吉村道明は日本ジュニアヘビー級王者。
【終章】 聖地の終幕、そして新たな伝説へ
昭和34(1959)年5月1日、プロレス後楽園シリーズはついに最終第10戦を迎えます。この日は、後に海外のマットで活躍する若き血潮、鈴木勝義(マティ鈴木)のデビュー戦という記念すべき試合から始まりました。メインイベントでは、遠藤幸吉が怪覆面レスラー、ミスター・アトミックと対峙し、シリーズの掉尾(ちょうび)を飾るにふさわしい大熱戦となりました。
昭和34(1959)年5月1日(金曜日)、東京都文京区/後楽園ジムナジアム
「プロレス後楽園シリーズ第10戦」
1)シングルマッチ/鈴木勝義デビュー戦(10分1本勝負)
平井光明 対 鈴木勝義
2)シングルマッチ(20分1本勝負)
田中米太郎 対 ミスター珍
3)シングルマッチ(20分1本勝負)
吉原功 対 大坪清隆
4)シングルマッチ(20分1本勝負)
金子武雄 対 鈴木幸雄
5)タッグマッチ(45分1本勝負)
吉村道明&芳の里 対 長沢秀幸&竹村正明
6)シングルマッチ(45分3本勝負)
遠藤幸吉 対 ミスター・アトミック
この興行を最後に、後楽園ジムナジアムでのプロレス興行は幕を閉じました。しかし、ここで培われた熱気と興行のノウハウ、そしてテレビ中継との強力なタッグは、その後の日本プロレス界のさらなる飛躍へと受け継がれていくことになります。わずか10回、されど濃密極まる「後楽園ジム」の伝説は、昭和プロレスの美しき黎明(れいめい)の記憶として、今も色褪せることなく輝き続けています。
プロレスの熱狂が去った昭和34年以降、この初代後楽園ジムナジアムは、本来の目的であった「プロボクシングの常設会場」として完全なる全盛期を迎えます。日本テレビの「ダイナミックグローブ」をはじめとするボクシング番組の毎週の生放送拠点となり、東洋タイトルマッチなどの名勝負を連日お茶の間へ届けました。さらに同年の東京国体ではアマチュアボクシングの公式会場にも選ばれ、まさに戦後の拳闘ブームを牽引する聖地となったのです。
しかし、戦前(昭和8年)に建てられた講道館の旧水道橋道場をベースにしていたため、昭和30年代後半に入ると建物の老朽化が著しく進んでいきました。増え続ける観客を収容する限界や、防災面の課題、そして近代的な興行演出への対応が難しくなったことから、昭和37(1962)年4月をもって初代後楽園ジムナジアムは惜しまれつつも閉鎖され、その歴史に一度終止符を打ち、建物は解体されました。
その後、外堀通りと白山通りが交差する一等地であったその跡地は、長らく後楽園球場や東京ドーム、遊園地を訪れる人々が行き交う広場や駐車場として利用されてきました。
そして時代が平成へと移り変わった平成20(2008)年、水道橋駅前の再開発によって、その歴史的な跡地に新たなランドマークが誕生しました。それこそが、現在多くの人々で賑わう複合商業施設「ミーツポート(MEETS PORT)」です。敷地内にある多目的ホール「TOKYO DOME CITY HALL」では、今もボクシングや格闘技の興行、コンサートなどが華々しく開催されており、かつて力道山たちが汗を流し、昭和のファンが拳を握りしめて熱狂した「初代ジムナジアム」の魂と興行の歴史は、姿を変えた現代の聖地へと確かに受け継がれています。
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