【1952年ハワイ編】第1回:1952・2・17始動!力道山ハワイ前期戦績

 1952年当時、ハワイのプロモートを握っていたのはアル・カラシック。その元へ、前年にプロレス入りしたばかりの若き力道山が海を渡ってやってきました。現地で沖識名から過酷な特訓を受けた力道山は、2月17日に運命の海外デビューを果たします。
 ホノルルでは毎週日曜日に興行が行われており、力道山の試合結果はすべて解明されたと思われていました。ところが、歴史にはまだ続きがあったのです。なんと4月16日の水曜日に臨時のチャリティ興行が行われており、そこに力道山が参戦していたのです! さらにその2日後には、ハワイ島のヒロでも試合を行っていたことが判明しました。
 この1952年のハワイは、まさに日本人レスラーの梁山泊でした。前年からマットを沸かせていた木村政彦や山口利夫、そしてこれが初の海外遠征となった遠藤幸吉。彼らが異国の地でどのような戦いを繰り広げたのか、新発見のデータを交えた興行の全試合結果をじっくりとご覧ください。今回は全3回の第1回です。

  1952(昭和27)年2月17日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:満員
1)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   ハロルド坂田(時間切れ)アンドレ・アセリン
    ※A・アセリンはオビラ・アセリンのこと。
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   力道山(8分20秒、フォール勝ち)チーフ・リトル・ウルフ[8分40秒説あり]
3)シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   ラッキー・シモノビッチ(時間切れ判定勝ち)レッド・スコーピオン
    ※0-0、または1-1の後の判定。R・スコーピオンの正体はトム・ライス。
4)NWA認定ハワイヘビー級&リングマガジンゴールドベルト選手権試合(時間無制限3本勝負)
   エイブ・ケーシー(2-1)ディック・レインズ
    ①ケーシー(11分10秒、フォール勝ち)レインズ
    ②レインズ(7分53秒、フォール勝ち)ケーシー
    ③ケーシー(5分40秒、反則勝ち)レインズ
     レフェリー:ボビー・ブランズ
    ※第13代王者A・ケーシーが王座とベルトの防衛に成功する。

 力道山のハワイデビュー戦は、2月17日に行われました。
 第1試合では、ハロルド坂田がオビラ・アセリン(前年来日)と制限時間一杯におよぶ熱戦を展開。会場が熱気に包まれる中、いよいよ力道山がマットに登場します。
 力道山は、インディアンレスラーのチーフ・リトル・ウルフを相手に、得意の柔道投げを連発して3カウントを奪いました。現地の新聞には「柔道の投げ」と記録されていますが、そのダイナミックな足腰の使い方は、大相撲出身の彼ならではの相撲の投げ技であった可能性も残されています。
 続く第3試合では、ベビーフェイス(善玉)のラッキー・シモノビッチが、ヒール(悪玉)のレッド・スコーピオンの猛攻を凌いで時間切れに持ち込み、判定の末に勝利を収めました。
 そしてメインイベント。ハワイ王者であるエイブ・ケーシーが防衛戦に臨みました。1本目は、王者が強烈なフォアアームブロー(エルボースマッシュ)の連打からディック・レインズをターンバックルへ叩きつけ、先制のフォール。2本目は、挑戦者レインズが怒涛のバックドロップを炸裂させて試合をタイに戻します。緊迫した決勝の3本目は、レインズがケーシーの頭部を鉄柱にぶつける暴挙に出たため反則負けとなり、結果としてケーシーが王座防衛を果たしました。

  1952(昭和27)年2月24日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)シングルマッチ(20分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   チーフ・リトル・ウルフ(時間切れ判定勝ち)ボブ渋谷
    ※B渋谷はキンジ渋谷のこと。
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   レッド・スコーピオン(18分13秒、フォール勝ち)ピート・ピーターソン
3)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   力道山(14分3秒、フォール勝ち)アンドレ・アセリン
4)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:ジミー・ゴンザルベス
   エイブ・ケーシー(1-1)ボビー・ブランズ
    ①ケーシー(25分15秒、逆片エビ固め)ブランズ
    ②ブランズ(6分50秒、回転足首固め)ケーシー
    ③ケーシー(時間切れ)ブランズ
    ※A・ケーシーはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
5)シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:ジミー・ゴンザルベス
   ディック・レインズ(1-0)ラッキー・シモノビッチ
    ①レインズ(4分20秒、リングアウト)シモノビッチ
    ②レインズ(時間切れ)シモノビッチ

 2月24日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、初戦で力道山に敗れたチーフ・リトル・ウルフが、若き日のキンジ渋谷(ボブ渋谷)と対戦しました。両者は制限時間一杯におよぶ熱戦を展開し、ウルフが判定勝ちを収めています。
 第2試合では、ヒールのレッド・スコーピオンがピート・ピーターソンをターンバックルへ叩きつけ、最後は豪快なボディスラムで見事なKO勝ちを飾りました。
 そして第3試合、いよいよ力道山が登場します。対戦相手のアンドレ・アセリンは、前年11月14日の横浜(フライヤー・ジム大会)および11月18日の東京(後楽園スタヂアム大会)にて、力道山がデビュー2〜3戦目のエキシビションマッチを戦った因縁の相手です。力道山は得意の腰投げからバックドロップを連発する猛攻を見せ、ハワイ2連勝を飾りました。
 第4試合では、ハワイ王者エイブ・ケーシーがノンタイトル戦でボビー・ブランズと一騎打ちに臨みました。1本目はケーシーが十八番の逆片エビ固めで先制したものの、2本目はブランズが回転足首固めで取り返す展開に。一進一退の攻防が続いた決勝の3本目は、そのまま時間切れ引き分けとなりました。
 メインイベントでは、ラッキー・シモノビッチがディック・レインズと激突。シモノビッチは1本目を不覚にもリングアウトで落としてしまいます。あとがないシモノビッチは2本目で巻き返しを図るものの、ずるずると時間だけが経過。結局、レインズからフォールを奪い返すことができず、タイムアップを迎えました。

  1952(昭和27)年3月2日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)シングルマッチ(30分1本勝負)
   ピート・ピーターソン(14分57秒、フォール勝ち)アーマンド・タニー
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:沖識名
   力道山(時間切れ)ラッキー・シモノビッチ
3)シングルマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   レッド・スコーピオン(2-1)ボビー・ブランズ
    ①ブランズ(26分52秒、フォール勝ち)スコーピオン
    ②スコーピオン(10分0秒、フォール勝ち)ブランズ
    ③スコーピオン(時間切れ判定勝ち)ブランズ
4)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル&沖識名
   ディック・レインズ(2-1)エイブ・ケーシー
    ①レインズ(6分4秒、フォール勝ち)ケーシー
    ②ケーシー(6分10秒、逆片エビ固め)レインズ
    ③レインズ(10分49秒、反則勝ち)ケーシー
    ※A・ケーシーはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。

 3月2日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、ピート・ピーターソンがアーマンド・タニーからフォールを奪い、見事な勝利を収めました。
 続く第2試合、早くもマットに登場した力道山は、現地の強豪ラッキー・シモノビッチと激突。両者ともに一歩も譲らぬ大熱戦を展開したものの、30分の制限時間が経過し、タイムアップの引き分けに終わりました。なお、この試合のレフェリーを務めたのは、のちに日本プロレスのチーフレフェリーとして一世を風靡する沖識名(おき・しきな)です。
 第3試合では、レッド・スコーピオンとボビー・ブランズによる45分3本勝負が行われました。1本目はブランズが空中胴締め落としを鮮やかに決めて先制。2本目はスコーピオンがブランズをターンバックルに叩きつけ、そこから豪快なボディスラムを決めてイーブンに戻します。決勝の3本目はどちらも決め手を欠いたまま時間切れとなりましたが、レフェリーの判定によりスコーピオンに軍配が上がりました。
 メインイベントでは、ハワイ王者であるエイブ・ケーシーが、ノンタイトル戦でディック・レインズを迎え撃ちました。1本目はレインズがシュミット流背骨折りを炸裂させて先制。あとがない王者ケーシーも2本目に得意の逆片エビ固めを決めて1-1のイーブンに追いつきます。緊迫した3本目、ケーシーが場外でアトミックドロップを繰り出す猛攻を見せますが、これが無情にも反則行為とみなされ、レインズが反則勝ちを収める結末となりました。

  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)柔道模範試合(10分)
   イワラニ田中(時間切れ)ウォーリー堤
    ※男女ミックストマッチ。
2)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:沖識名
   ハロルド坂田(時間切れ)チーフ・リトル・ウルフ
3)シングルマッチ(30分1本勝負)
   力道山(15分5秒、フォール勝ち)ピート・ピーターソン
4)シングルマッチ(45分3本勝負)
   ラッキー・シモノビッチ(2-1)ディック・レインズ
    ①レインズ(24分2秒、フォール勝ち)シモノビッチ
    ②シモノビッチ(3分12秒、フォール勝ち)レインズ
    ③シモノビッチ(9分27秒、アームストレッチ)レインズ
5)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)
   レッド・スコーピオン(1-0)エイブ・ケーシー
    ①スコーピオン(27分10秒、フォール勝ち)ケーシー
    ②スコーピオン(時間切れ)ケーシー
    ※A・ケーシーはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。

 3月9日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、男女による柔道の模範試合が行われました。のちにハワイのプロレスマットでチーフレフェリーとして活躍するウォーリー堤が、地元の女性柔道家であるイワラニ田中を相手に、10分間のエキシビションマッチを披露して観客を沸かせました。
 第2試合では、日系レスラーのハロルド坂田が登場。力道山のハワイデビュー戦の相手を務めたチーフ・リトル・ウルフと激突し、30分間のフルタイムにわたる熱戦の末、時間切れ引き分けに終わっています。
 そして第3試合、満を持して力道山が姿を現します。ピート・ピーターソンを相手に得意の柔道投げを連発する猛攻を見せ、最後は一気にフォール勝ちを収めました。
 この日の後半は豪華なダブルメインイベントが組まれました。その第1試合(第4試合)では、ラッキー・シモノビッチがディック・レインズと3本勝負で対戦。1本目はレインズがシュミット流背骨折りを連発して先制のフォールを奪います。しかし2本目、シモノビッチが十八番のドロップキックを炸裂させてピンフォールを奪い返すと、勢いに乗った3本目には得意の関節技アームストレッチを極め、レインズから見事なギブアップを奪って逆転勝利を収めました。
 続くダブルメインイベント第2試合(第5試合)は、ハワイ王者エイブ・ケーシーと、ヒールのレッド・スコーピオンによるノンタイトル戦です。1本目はスコーピオンが痛烈なフォアアームブロー(エルボースマッシュ)の連打で王者からフォールを奪う波乱の展開に。あとがない王者ケーシーも必死の反撃を試みますが、最後までフォールを奪い返すことはできず、そのまま時間切れを迎えました。

  1952(昭和27)年3月16日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:4500人または5000人
1)シングルマッチ(20分1本勝負)
   アーマンド・タニー(13分22秒、フォール勝ち)ハロルド坂田
2)シングルマッチ/ノンタイトル(時間無制限1本勝負)
   エイブ・ケーシー(17分35秒、フォール勝ち)ジン・デュビューク
    ※A・ケーシーはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
3)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)
   力道山(25分6秒、フォール勝ち)ディック・レインズ
4)タッグマッチ(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   ボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ(1-1)レッド・スコーピオン&バッド・カーティス
    ①カーティス(26分55秒、フォール勝ち)ブランズ
    ②シモノビッチ(9分0秒、フォール勝ち)スコーピオン
    ③ブランズ組(時間切れ)スコーピオン組

 3月16日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、ハロルド坂田がアーマンド・タニーと対戦。坂田は必死の攻防を見せるも、タニーの放った豪快なバックドロップの前に沈み、フォール負けを喫しました。
 第2試合は、ハワイ王者であるエイブ・ケーシーが、のちに「マグニフィセント・モーリス」の名でマット界を席巻する強豪ジン・デュビュークを相手にノンタイトル戦に臨みました。王者の貫禄を見せるケーシーは、最後は強烈なアトミックドロップを炸裂させて完璧なフォール勝ちを収めています。
 続く第3試合には、いよいよ力道山が登場しました。対戦相手は現地の強豪ディック・レインズ。時間無制限1本勝負という過酷な条件の中、両者は意地とプライドをかけた25分を超える大熱戦を展開します。最後は力道山が代名詞ともいえる柔道の投げ技を連発してレインズを圧倒し、見事な3カウントを奪いました。
 そしてメインイベントには、豪華なタッグマッチが組まれました。人気善玉レスラーのボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ組が、レッド・スコーピオン&バッド・カーティスの悪党コンビと45分3本勝負で激突。1本目はヒール勢がブランズの膝へ容赦ない集中攻撃を浴びせ、カーティスが先制のフォール。あとがない善玉組ですが、2本目にシモノビッチがフライングタックルを連発してスコーピオンからピンフォールを奪い返し、試合をタイに戻します。緊迫した決勝の3本目は両チームともに譲らず、そのまま制限時間一杯となり、白熱のタッグマッチは引き分けに終わりました。

  1952(昭和27)年3月23日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:00人
1)シングルマッチ(30分1本勝負)、レフェリー:沖識名
   ハロルド坂田(時間切れ)アーマンド・タニー
2)ハンディキャップマッチ(30分勝負)、レフェリー:沖識名
   力道山(0-0)バッド・カーティス&チーフ・リトル・ウルフ
    第1試合 力道山(時間切れ)カーティス
    第2試合 力道山(不成立)ウルフ
3)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   ボビー・ブランズ(2-1)エイブ・ケーシー
    ①ブランズ(21分23秒、フォール勝ち)ケーシー
     (ステップオーバートーホルドでのフォール)
    ②ケーシー(9分5秒、フォール勝ち)ブランズ(キーロックでのフォール)
    ③ブランズ(時間切れ判定勝ち)ケーシー
    ※A・ケーシーはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
4)シングルマッチ(時間無制限3本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   ラッキー・シモノビッチ(2-1)レッド・スコーピオン
    ①シモノビッチ(18分45秒、フォール勝ち)スコーピオン
    ②スコーピオン(8分22秒、逆エビ固め)シモノビッチ
    ③シモノビッチ(0分0秒、反則勝ち)スコーピオン
    ※R・スコーピオンが2フォールを奪われた場合はマスクを脱ぐというルール。

 3月23日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、前週に黒星を喫したハロルド坂田がアーマンド・タニーと再び相まみえました。この試合のレフェリーを務めたのは沖識名。坂田はリベンジを果たすべく執念を見せましたが、30分間の激闘の末に時間切れ引き分けとなっています。
 続く第2試合では、力道山が「30分以内に2人の対戦相手を連続して倒さなければ引き分け」という、極めて過酷な変則ハンディキャップマッチに挑みました。こちらも沖識名が裁く中、まずはコイントスによって最初に対戦する権利を得たバッド・カーティスがリングへ。力道山は猛攻を仕掛けたものの、カーティスの粘りの前に30分が経過しタイムアップ。ルールにより、次に控えていたチーフ・リトル・ウルフとの対戦を迎えることなく、引き分けという結果に終わりました。
 第3試合は、ハワイ王者エイブ・ケーシーにボビー・ブランズが挑むノンタイトルでの45分3本勝負。1本目はブランズがステップオーバートーホルドで足首を強烈に極め、ケーシーが痛みで身動きできない隙を見逃さずに両肩をマットへがっちりと押しつけ、技ありのピンフォールを奪って先制。2本目は王者ケーシーがキーロックで腕を完璧に捕らえ、ブランズの自由を奪ったまま力ずくでマットに背中をつけさせてフォールを奪い返し、意地を見せます。勝負の3本目は両者一歩も譲らぬまま時間切れとなりましたが、レフェリーの判定によりブランズに軍配が上がりました。
 そしてメインイベントは、凄まじい因縁の決着戦。もしヒールのレッド・スコーピオンが2本のフォールを奪われればマスクを脱ぐという、時間無制限3本勝負の「マスカラ戦」さながらのルールで行われました。1本目はラッキー・シモノビッチが十八番のドロップキックを鮮やかに炸裂させて先制のフォール。2本目はスコーピオンが容赦ない逆エビ固めでシモノビッチを捕らえてタイに追いつきます。迎えた運命の3本目、あろうことかスコーピオンは試合開始のゴングが鳴る前にシモノビッチを急襲し、ターンバックルに叩きつける暴挙に出ます。これが明白な非道行為として即座に反則負けと裁定され、シモノビッチの勝利となりました。

  1952(昭和27)年3月30日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:4000人
1)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   ボブ渋谷(20分33秒、反則勝ち)チーフ・リトル・ウルフ
2)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)、レフェリー:フランク・メリル
   レッド・スコーピオン(15分20秒、フォール勝ち)フランク・ハーレー
3)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)、レフェリー:沖識名
   力道山(31分20秒、フォール勝ち)バッド・カーティス
4)NWA認定ハワイヘビー級&リングマガジンゴールドベルト選手権試合(時間無制限3本勝負)、レフェリー:ボビー・ブランズ
   ラッキー・シモノビッチ(2-1)エイブ・ケーシー
    ①シモノビッチ(7分45秒、アームストレッチ)ケーシー
    ②ケーシー(8分35秒、フォール勝ち)シモノビッチ
    ③シモノビッチ(9分15秒、フォール勝ち)ケーシー     
    ※第13代王者A・ケーシーが王座とベルトの防衛に失敗。L・シモノビッチが第14代王者になり、ゴールドベルトを獲得する。

 3月30日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、前月の対戦でチーフ・リトル・ウルフに判定負けを喫していたボブ渋谷(キンジ渋谷)がリベンジマッチに臨みました。試合はウルフのラフ殺法がエスカレートし、渋谷が執念の反則勝ちを収める結末となりました。
 第2試合では、ヒールのレッド・スコーピオンがフランク・ハーレーと激突。スコーピオンは終始試合を優位に進め、最後は豪快なボディスラムでハーレーをマットに沈めてフォール勝ちを飾りました。
 続く第3試合には力道山が登場し、前週の変則ハンディキャップマッチで時間切れ引き分けに持ち込まれたバッド・カーティスとの決着戦に臨みました。31分20秒という長時間を戦い抜く過酷な消耗戦となりましたが、力道山は底知れぬスタミナを発揮。のちの彼の代名詞となる「空手チョップ」がまだ生まれていないこの時期、力道山は相撲仕込みの強靭な足腰を活かした「すくい投げ」を連発してカーティスを圧倒し、見事なリベンジのフォール勝ちを収めました。
 そしてメインイベントは、ハワイのマット界が揺れる歴史的な一戦となりました。王者エイブ・ケーシーにラッキー・シモノビッチが挑戦した、NWA認定ハワイヘビー級&リングマガジンゴールドベルト選手権試合(時間無制限3本勝負)です。1本目は挑戦者シモノビッチが得意の関節技アームストレッチを完璧に極めて先制。2本目は王者ケーシーが強烈なフォアアームブロー(エルボースマッシュ)からボディスラムへ繋ぐ猛攻でフォールを奪い返し、試合をタイに戻します。運命の3本目、シモノビッチはバックドロップから渾身のドロップキックを炸裂させて王者から気迫の3カウントを奪取。ケーシーの防衛を阻んだシモノビッチが第14代王者へと輝き、黄金のベルトをその腰に巻きました。

  1952(昭和27)年4月6日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:4500人
1)シングルマッチ(20分1本勝負)
   ボブ渋谷(時間切れ判定勝ち)アーマンド・タニー
2)シングルマッチ(45分1本勝負)、レフェリー:ビライ・スア
   ボビー・ブランズ(時間切れ)バッド・カーティス
3)シングルマッチ/ノンタイトル(45分3本勝負)、レフェリー:ビライ・スア
   ラッキー・シモノビッチ(1-0)ボブ・マキューン
    ①シモノビッチ(24分43秒、フォール勝ち)マキューン
    ②シモノビッチ(時間切れ)マキューン
    ※L・シモノビッチはNWA認定ハワイヘビー級王者&リング・マガジン誌認定ゴールドベルト保持者。
4)タッグマッチ(45分3本勝負)
   レッド・スコーピオン&キラー・カール・デービス(1-0)力道山&沖識名
    ①スコーピオン(24分30秒、サブミッションホールド)沖
    ②スコーピオン組(時間切れ)力道山組

 4月6日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、前週に反則勝ちを収めて勢いに乗るボブ渋谷(キンジ渋谷)がアーマンド・タニーと20分1本勝負で対戦しました。お互いに決定打を欠いたものの、終始攻め立てて優位に試合を進めた渋谷が、時間切れによる判定勝ちを収めて連勝を飾りました。
 第2試合は、ボビー・ブランズがバッド・カーティスを相手に45分1本勝負に臨みました。実力者同士の意地がぶつかり合う一戦は、どちらも主導権を譲らないまま45分間を戦い抜き、時間切れ引き分けとなっています。
 第3試合では、前週にハワイヘビー級新王者となったラッキー・シモノビッチが、ボブ・マキューンを相手にノンタイトルの45分3本勝負を行いました。1本目は新王者シモノビッチがダイナミックな空中胴締め落としを鮮やかに決めて先制のフォール。2本目はマキューンも必死の巻き返しを試みたものの、そのまま制限時間一杯となり、シモノビッチが新王者としての貫禄を示す勝利を挙げました。
 そしてメインイベントには、非常に興味深い注目のタッグマッチが組まれました。力道山が、普段はレフェリーを務める沖識名と異色のタッグを結成。レッド・スコーピオン&キラー・カール・デービスの凶悪ヒールコンビと45分3本勝負で激突しました。1本目は、捕まった沖がスコーピオンからヘッドロックやモンキーフリップ(ともえ投げ)による猛攻を浴び、最後は強烈なサブミッションホールド(関節技)に捕らえられて無念のギブアップ。あとがない力道山組は、2本目に力道山が果敢な反撃に出てヒール勢を追い詰めるものの、無情にもここでタイムアップ。無念の1敗を喫する結果となりました。

  1952(昭和27)年4月13日(日曜日)
  米国/ハワイ州ホノルル/ホノルル・シビック・オーデトリアム
  試合開始:午後8時、観衆:ほぼ満員
1)女子柔術エキシビションマッチ(10分)、レフェリー:ウォーリー堤
   イワラニ田中(9分55秒、アームロック)シルビア・リー
2)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)、レフェリー:ビライ・スア
   力道山(20分0秒、フォール勝ち)キラー・カール・デービス
3)シングルマッチ(時間無制限1本勝負)、レフェリー:ビライ・スア
   バッド・カーティス(30分0秒、フォール勝ち)ジム・ミッチェル
4)プリモトロフィー争奪トーナメント(45分3本勝負)、レフェリー:ボブ・マッキューン
   ボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチ
   (1-0)レッド・スコーピオン&ハンス・シュナーベル
    ①ブランズ(タイム不明、サブミッションホールド)スコーピオン
    ②ブランズ組(時間切れ)スコーピオン組

 4月13日のシビック・オーデトリアム大会。その第1試合では、女子柔術のエキシビションマッチが組まれ、イワラニ田中がシルビア・リーと対戦しました。ウォーリー堤がレフェリーとして見守る中、試合終了のわずか5秒前という劇的なタイミングで、田中が鮮やかなアームロックを極めて一本を奪い、満員の観客を大いに沸かせました。
 第2試合には力道山が登場し、前週のタッグマッチで苦杯をなめさせられたキラー・カール・デービスとのシングルによる決着戦に臨みました。力道山は序盤からパワー全開で挑み、豪快な飛行機投げから得意の柔道投げを連発する怒涛のラッシュを展開。デービスを完全に圧倒し、見事なリベンジのフォール勝ちを収めました。
 第3試合では、バッド・カーティスがジム・ミッチェルと時間無制限1本勝負で激突。カーティスはミッチェルの膝へ執拗な連続攻撃を浴びせて機動力を奪い、激闘の末にピンフォールを奪いました。
 そしてメインイベントは、注目の「プリモトロフィー争奪トーナメント」の45分3本勝負。ボビー・ブランズ&ラッキー・シモノビッチの善玉コンビが、レッド・スコーピオン&ハンス・シュナーベルの強豪ヒールコンビを迎え撃ちました。1本目、ブランズが強烈な頭突きを2連発で叩き込んでスコーピオンの動きを止めると、すかさずサブミッションホールド(関節技)へと移行。強烈な極めの前にスコーピオンは耐えきれずギブアップとなり、善玉組が先制します。2本目はヒール勢も必死に巻き返しを狙いましたが、ブランズ組がこれをがっちりと受け止め、そのまま時間切れを迎えました。この結果、1-0で接戦を制したブランズ&シモノビッチ組が、まずは見事に次戦への勝ち抜きを決めました。

──力道山の海外初遠征における、激動の前半戦の記録はここまでとなります。

 しかし、このハワイ編のドラマはまだ終わりません。次回はいよいよ、これまで専門書や過去の記録にも一切載っていなかった、歴史の闇に埋もれていた「力道山の幻の2試合」の全貌を本邦初公開いたします! 日本プロレス界の至宝がハワイの地で刻んだ、誰も知らなかった新たな足跡とは一体何だったのか。驚きの新事実が明かされる次回の更新を、ぜひ楽しみにお待ちください!

タイトルとURLをコピーしました